魔術異聞録
藤の宮トウン
第1話:静かな冬のある日
静かな夜の世界を、天から舞い落ちる雪が純白に
そんな中を、
「なんで俺の家はあんな場所にあるんだ……」
カノアが目指している場所は、この坂道を登った先の自宅である。
育ての親である祖父から貰い受けた家なのだが、カノアからしてみれば立地はとても悪かった。何せ、自宅はこの街の都心部からは遠く離れており、加えて小高い丘の上にあるので、坂を登る面倒さも相まって移動がめちゃくちゃ不便なのだ。
できれば車などが欲しいところ。
ちなみにカノアは一応、バイクは運転できる。だが、肝心のバイクを持っていない。
「寒い……」
時刻は夜の八時を回ろうとしている頃だろうか、時間も時間であるためやはり寒い。昼間はギリギリ耐えられるのだが、夜ともなれば気温が0度以下もザラにある。それゆえ、身体は震えてばかりだ。
だが、ここより寒い場所はたくさんあるのだろう。
けれど、カノアは県外へ出たことがないためにその寒さを知らない。
「寒い……マジで寒い……」
震える声でそう
しかし、自宅までまだ距離はある。自宅に到着するまで、あと十五分以上はかかるだろう。
絶望してしまいそうだった。このまま
だが、気合いでどうにか
そして―――。
「ようやっと、着いた……寒い……どこだ
暖炉の前で早く暖まりたいが、手洗いうがいは忘れない。お湯と呼べるのかわからぬ冷たい水―――ちゃんとお湯である―――で手を洗ってうがいをし、カノアは足早に暖炉のある居間へと向かっていった。
「あったかぁ……」
暖炉のその暖かさに、カノアは気の抜けた声を出した。
今の時代、暖炉を使う家は少し珍しいだろう。カノアの通う学校のクラスメイトたちは皆、エアコンの暖房機能を使っているのがほとんどだ。
だが、カノアの家はいつの時代も暖炉だった。何故ならば、ここは昔ながらの洋館。内装もそれっぽく、居間には高級感のあるソファに
まあ、スマホは持っているが。
そんな館に、カノアは一人で暮らしている。カノア以外の住人はいるにはいるが、『彼女』は人間でないので一人と加算されない。
言うなれば―――『一人と一体』である。
「そういえばアイツ、まだ寝てんのか……?」
暖房で暖まってからしばらくして、カップラーメンを
『彼女』は朝の時点でまだ眠っていたのをカノアは覚えている。昼間に起きていたのかはわからぬが、そうでなければ彼女は二十時間以上も眠っていることとなる。
カノアは寝過ぎじゃね、と思った。
すると、噂をすれば何とやら、
「ふわあ……」
カノアのいる居間へ、ある女性がやってきた。肩までの艶やかな黒髪に、着物を着た、どこか
「お前、寝過ぎじゃね?」
「仕方がないだろ。眠かったんだから」
「それでもお前……」
はぁ―――とため息を吐き、カノアは気にすることをやめた。何かを言ったところで、彼女がこの生活を変えることはないのだから。
そうして彼女―――
「……なあ、
「ん、どうした?」
「それ、ちょっとちょうだい」
朔夜が指さすは、カノアが食べているカップラーメン。
「えぇ、やだよ」
「なんで」
「俺が食ってるし」
「ちょっとだけだ」
ふと、カノアの脳裏にある記憶が
いつかのある日、カノアは彼女から今のように言われ、夜食のほとんどを奪われたことがあった。朔夜はかなりの大食いなのだ。このままではカップラーメンを奪われかねない。
「……やっぱり無理」
「むぅ……」
朔夜から物欲しげに見つめられながら、カノアはカップラーメンを啜っていく。
何とも食べづらい。カノアは少しして、カップラーメンを朔夜のほうへ差し出した。
「はぁ……食えよ」
「感謝する」
そうして、静かな夜は更けていく―――。
*
高嶺カノアという人間は、学校でちょっとした有名人だ。
入学当初、小高い丘の上にある洋館に一人で住んでいるらしい、という話題が学校中で広まったためである。事実なので否定はせず、かといって大々的に言いふらすことでもないので、カノアはそこまで気にしていない。
「………」
周囲では、クラスメイトたちが楽しそうに談笑している。
その中でカノアは、ぼんやりと外を眺めていた。
このクラスで、カノアは浮いていると言えば浮いている。学校でほとんど喋ることはなく、喋っても無愛想であるためだ。カノアはそう
それゆえ、友人はゼロであった。
まあ、学校以外では喋ったりするのだが。
(今日は雨、かな……)
窓から見える空は、どこまでも
傘を持ってきてよかったな―――と、カノアはそう思った。
*
昼時。普段は立ち入り禁止であるはずの屋上で、カノアは昼食を食べていた。
まだ雨が降る気配はない。おそらくは夕方から降り始めるのだろう。
カノアはそれを見越して、ここへやってきていたのだ。昼食は購買の安いパン。屋上からその景色を眺めながら、カノアはパンを食べていく。
「……相変わらずマズイ」
カノアの食べているパンは、とても美味しいとは言えない。一番安いパンとは言え、もうちょっと美味くしてほしい―――とカノアはいつもそう思っていた。
まあ、腹はかなり満たされるので今後も食べ続けるが。
すると―――ギィ、という音が聞こえた。
「……」
屋上の扉が開く。そこからやってくるのは、一人の少女だった。
何とも冷たい雰囲気を纏っている。少女はカノアをチラリと見やって、そのまま離れた場所に腰掛ける。そして、少女が食べているのは
(運命だ……なんて、思うかよ。はぁ……なんでここに来るんだ……)
カノアは内心、ため息を吐く。
彼女のことは何度か見かけたことがある。学校で『氷の乙女』、などと言われている少女だ。
名を、
(しれっとここに来たが……今まで見たことがないぞ? コイツ、「自分は優等生です」みたいな顔して校則バリバリに破ってるじゃねえか。実は不良か?)
校則を破っているのはカノアも同じなので、彼も不良ということになる。しかし、カノアは自らを不良だとは思っていない。逆に真面目な生徒だと思っているほどだ。
まあ、真面目と言えば真面目である。クラスではめちゃくちゃ浮いているが。
(早く食って戻ろう)
そうしてカノアはパンを食べ、いざ教室へ戻らん―――としたのだが、
「キミ、面白いね」
ふと、離れた場所でパンを食べていた花蓮が、そんなことを言った。
カノアは少しだけ警戒をする。
「初めて見たよ―――キミのような『悪魔使い』の人間は」
どうにか平然を保てたが、カノアは内心とても驚愕していた。
自身の『正体』を見破ったことに対してか、彼女が『悪魔使い』を知っていることに対してか―――あるいはその両方か。
「……何を言っているのかわからないな」
「高嶺カノア……キミの名前は『組合』でも聞いたことがない。ちゃんと『登録』しているのかい?」
「本当に、何のことだ?」
「そう……あくまで知らないふりを続けるのか」
チラリと見やると、花蓮は冷たくも美しい笑みを浮かべていた。
いつでも彼女は
「まあいいさ。ここで戦いをおっ始めるわけにもいかないからね」
「……」
「まあ―――キミがここで戦いたいのなら、話は別だけどね?」
そうしてカノアは立ち上がった。
背後で花蓮が何やら言っているが、無視である。こういうのには関わらないほうがいい。今は亡き祖父もかつて、そう言っていた。
―――相手の実力が推し量れぬのなら関わるな。
花蓮の実力は推し量れた。彼女はカノアより弱いだろう。
だが―――己が『本能』が彼女に関わるなと言っている。実力とは別の何かで、カノアは負けているのだ。
それが何とも恐ろしくて―――。
*
体調不良を理由とし、カノアは学校を早退した。
そして今は、屋敷で朔夜と話し合っている。
「……その花蓮って女が、そう言ったのか?」
「ああ。『組合』に所属していることは間違いない。流石の俺でも、組合には狙われたくないなあ」
「これからどうするんだ?」
「どうするべき、かな……」
この世界には『組合』と呼ばれる組織が存在する。
正確な呼び名は―――魔術師組合『アヴェ・マリア』。世界中にいる魔術師や、それに関わる者たちが所属する組織で、組合は世界中に根を張っている。
そこに所属する魔術師は皆、組合の許可なく魔術を行使してはならない。世界でおおやけにならぬように、その存在を
カノアもその魔術師―――のようなものだが、組合には所属していない。
「しかし……どうしてバレたんだ? 『隠蔽』は完璧のはずだ」
「わからない。特殊な魔術か、あるいは―――」
「魔眼、か……」
『魔眼』と呼ばれるモノならば、カノアの隠蔽もバレる可能性はある。
魔眼の保有者に対して隠蔽など、無理に等しい。
「……どちらにせよ、彼女に関わらないようにしないとな。まあ、もう遅いかもだけど」
「ああ。そのほうがいいな」
その後も二人は、今後の対策について話し合った。
*
―――彼にはとても興味が湧くね。
枢木花蓮は学校からの帰り道、そんなことを思った。
普段から冷たいなどと言われている花蓮だが、性格的には明るい部類に入るだろう。学校では誰にも関わらないようにしているため、そう言われ出したのだ。
(ああ、彼と同じだ)
彼も花蓮と同じく、誰にも関わろうとしない。友人はおらず、喋っても無愛想なだけ。
花蓮と彼はどこか同じである。彼女は思わず笑みが浮かべた。
(彼は早退したのかな? どこにもいなかったようだけど)
あれから彼を見かけることはなかった。
早退したのだろう。花蓮はそれに、少しだけしょんぼりしながらも帰路へついていく。
けれど―――その足取りは弾むように軽かった。
**
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