第7話 この世界も悪くないと思える瞬間

それでも、この世界を悪くないと思える瞬間


うつ病になって、

世界が一度、完全に壊れたように感じた。


できないことが増え、

失ったものの方が目につき、

「もう戻れない」という感覚だけが残った。


それでも、

この世界を悪くないと思える瞬間が、少しずつ増えてきた。


ひとつは、創作活動だ。


何かを生み出しているとき、

自分はただの消費者ではなくなる。

評価や効率とは切り離された場所で、

自分の内側から何かが出てくる感覚がある。


うまくできなくてもいい。

完成しなくてもいい。

「生み出した」という事実だけが、確かに残る。


散歩も、そのひとつだ。


遠くへ行かなくてもいい。

自然の中を歩いて、身体を動かす。

呼吸が整って、頭が少しスッキリする。

それだけで、今日は悪くない日だったと思える。


サウナに入っている時間も、

思考が静かになる。

何かを考えなくてもいい場所が、

この世界にはまだ残っていると感じられる。


そして、友達や家族の存在。


うつ病になる前よりも、

心から愛せるようになったと思う。

失うかもしれない経験をして、

当たり前ではないことが、はっきり分かったからだ。


誰かと比べて、

自分がどこにいるかを測る生き方は、もうできなくなった。


その代わり、基準が変わった。


うつ病になったところから、

どれだけ回復したか。

どれだけ理解できるようになったか。

どれだけ自分を壊さずに生きられているか。


成長は、上に行くことだけじゃない。

踏みとどまれるようになることも、成長だ。


うつ病の人が見えている世界は、

決して明るいとは言えない。

でも、全部が真っ暗でもない。


静かで、遅くて、脆いけれど、

それでも悪くないと思える瞬間は、確かに存在している。

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