生聖回帰

「忙しい……」

二台のスマホを同時に操作しながらボヤいた僕の目はきっと充血していたことだろう。

彼女と僕は同じソシャゲを遊んでいた。

僕が先に、仕事の気晴らし程度に始めたものに彼女が興味を持って追従する形で始めたものだ。

当然僕らはフレンドになっていたのだが、彼女が暫くログインしていないのを見て飽きたのかと思っていたが、訃報を聞いてまず真っ先に納得したのはその事だった。

始めた当初こそ僕に話題を合わせるためにプレイしていたものの、ある程度進めると彼女自身もハマり始めたのか積極的にゲームを進めるようになっていた。

それこそ僕が、何か心残りはないかと聞けば、ゲームを放置している事だと返ってくる程に。

結果、僕は彼女の分までゲームを進める羽目になった。

自分のアカウントを疎かにする訳にもいかず、僕は自分のスマホと彼女のスマホを交互に充電しながら二台同時に操作する事を強要されてしまった。


ーーLINEは出来てソシャゲが出来ないってどういう理屈だ?


ーーわかんないけど、そういうことだ。


憔悴し切った僕が泣きつくように聞けば、返ってきたのは全くもって納得のいかない言葉。

だがやりたくて仕方の無いらしい彼女が出来ないと言うのだから実際不可能なのだろう。

ならば仕様がないと割り切って僕は二台のスマホを操作し続ける。


どうやら彼女自身にもまだ自由が効く事と効かない事の判別が付かないらしい。

幽霊経験が浅いからか致し方のない事かもしれないが、まさかこんな形で僕に負担が来るとは思ってもいなかった。

その内彼女が自力でゲームをプレイ出来る程度に成長する事を祈って、僕は休みの貴重な自由時間を彼女のアカウント育成に宛てていた。


僕は夜勤で働いているので、当然昼夜逆転生活を送っている。

ゲームを一区切り付け、睡魔が訪れる頃は朝日がカーテンを透かして部屋をほの明るく照らす時間帯だ。

スマホを放り出してソファで深く息を吐きながら背を伸ばしていると、猫がベランダを見つめていることに気付いた。

ベランダからカーテンの隙間をついて細い一筋の朝日が射し込み、一本の線を描いている。その近辺を猫が見つめている。

僕は放り出した自分のスマホを手に取って、写メを起動した。

撮った写真は、カーテン付近、特に朝日の射し込む隙間付近が歪にブレていた。

彼女が朝日を眺めているのだ。

僕の部屋はマンションの二階で、特段見渡しが良いという訳でもないし、周囲の高層ビルが遮蔽物となって完全な暁天を拝める立地ではない。

それでも彼女は、空を見ているのだ。


白く、明けて行く空を。


生前彼女は空を見るのが好きだと言っていた。自分の目で見る事は殆どないけれど、SNSでアップされた朝焼けを美しいと感じるのだと。

朝の空気も地肌で感じる訳でもなく、他人がネット上にあげたデジタルな空の景色で満足してしまう彼女の感性が、僕には理解出来なかった。

それでも夜から朝に移り変わりゆく空が好きだと言っていた。美しいと感じると。

今の彼女は、SNSでそれらを見る事も叶わない。だから、自分の目で見ているのだろう。

死んでから生前果たせなかった、余り果たす気もなかった事をしている彼女を滑稽に思ったが、特に言葉をかけることもなく暫く放っておいた。

何となく、彼女の気が済むまでそうしておいてやりたいと思ったのだ。


睡魔が限界に達した頃、そろそろ眠らないかとの旨をLINEで送った。

幽霊である彼女に睡眠の必要性を問うのも不思議な感覚だったが、どうやら彼女は僕に合わせて眠りたいらしい。


ーー眠くなったら教えて。私も寝るから。


そう事前に伝えられていた。

睡眠に誘った所、二秒と待たずに了承の返信が来た。

僕がソファで布団を被って目を閉じた時、スマホから通知を知らせる着信音が鳴る。


ーー一緒に寝たい。


彼女の意図する所を察して、溜息を吐いた。

僕は一人で眠る時ソファで済ませていた。

以前は布団もあったのだが、猫が何度もおしっこをしては捨てを繰り返すものだから諦めてソファで妥協する内、体が馴染んで快眠出来る様になったのだ。

彼女が泊まる時は、床に薄っぺらいカーペットを敷いて二人身を寄せ合って眠った。当然、硬い床との密着面積が広い為、起きれば体の節々が悲鳴をあげていた。

それは彼女も同じだったが、痛みも寝苦しさも我慢してまで僕と添い寝する事を優先していた。

僕はそんな彼女のいじましさに負ける形で、彼女が泊まる度同衾していた。

僕らは朝方眠りにつき、昼過ぎか夕方頃に痛みと共に目覚めていた。


ーー別にいいけど、君だけ痛みを感じないのは不公平じゃないか?


ーー幽霊だからって痛くないとも限らないよ。

それで、一緒に寝てくれるの?


僕は項垂れつつ、床にカーペットを敷いて、二人分の枕を並べた。

電気を消して布団を被り寝転んだ所で、またしてもスマホから着信音。


ーーうでまくら。してほしい。です、


なんともわがままな幽霊だ。

僕は素直に隣の枕へ向けて腕を伸ばし、ついでに見えない彼女を抱き締める様に空いた腕を虚空に回した。

霊感皆無な僕は本当にそこに彼女がいるのか確信が持てなかったし、わざわざ写メを撮る手間をかけられる程の余裕も既になかった。

ただ愛猫が僕の隣を見つめて、甘える様に何もない空間に身を転がして喉を鳴らしていたから、そこに彼女はいるのだと思った。

温もりも何もない、僕にとってはただひたすらに虚無でしかない空間に、彼女の存在を錯覚しながら、薄れゆく意識の中で満足気に微笑む彼女の幻覚を夢うつつに垣間見た。



アラームの音に覚醒する。

今日は仕事だ。

覚醒しきらない頭で支度を始めるかと体を起こした時、手に違和感を覚えた。

視線をやれば、彼女を抱き締めていた筈の手に、指に、長い髪の毛が幾本か絡まりついていた。

明らかに自分のものではない、女物の髪の毛。

長さは彼女と同じくらいだろうか。

僕は指から一本たりともこぼれ落ちない様、慎重に手を眼球に近付け、食い入る様に眺めた。


それが彼女の存在の証明である事は明白だった。


スマホ越しでしか認識出来なかった彼女の、やっと手に入れた実存する物証。

ああ、彼女との距離がこうやってまた縮まっていく。


僕は絡み付いた髪の毛を握り締めて、くつくつと肩を揺らして笑った。

それから僕は、寝る時は必ずソファではなくカーペットを敷いて、二人分の枕と一枚の布団を用意し、腕枕に彼女を抱き込む体勢で眠る様になった。

 

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