死始懐胎2
「朝焼けが好きなんだ。白く明けてゆく空、ってやつ。好きな歌手が歌ってるの。あんまり自分で見る機会はないんだけどね。友達がSNSにあげてる写真見て、綺麗だなって。
そう、思うの」
葬儀は簡素なものだった。故人の意向らしい。
参列者は親族と、ごく近しい間柄にあった友人達のみで占められている。
そもそも友人に余り自分の死を知られたくないと、両親へ遺された遺書に認めてあったのだとか。
自殺なんかしておいてよくそんなことを言う。
小さな葬儀場でまばらに点在する喪服の一団が粛々と、時に嗚咽を漏らしながら読経を聞く様を眺めながら、僕は煙草が吸いたいなどと考えていた。
お焼香の際に見た彼女の顔は綺麗なものだった。
腕のいいエンバーマーに当たったのだろう。
地黒な気にしていた彼女の肌は白く透き通ってて、伏せられた睫毛は影を落とす程長く、唇もピンクのルージュが彩を添えていた。
綺麗に整えられた彼女の死に顔を見て、これが彼女の肉体との今生の別れになるのだと理解しつつも、彼女自身との別れを実感することはなかった。
何故なら彼女は、まだ僕のそばにいる。
火葬場で喫煙所を見付けた僕は、火葬の終了を待つ湿っぽい集団を離れてそこへ避難した。人目につきにくい、火葬場の裏手に設置された灰皿に火を落としながら、彼女へLINEを送った。
ーー自分の葬式眺めるのってどんな気分なんだ?
返事は煙草を一本吸い終わるまでかかった。
ーーごめんなさい、ってきもち。
自殺。
自ら命を絶つという選択をした後悔なのか。今更。
告別式にも参加したが、両親の口から彼女の死因について深く語られることはなかった。
ただ彼女を喪った深い哀しみと、未然に防げなかった自責の言葉を涙ながらに語っていた。
聴きながら他の参列者も涙していた。
暗涙に咽ぶ、というのはちょっと違うか。兎に角皆が皆して彼女の死に、涙という形でもって哀しみを表していた。
僕だけが、一滴の涙もこぼさず、表情ひとつも変えずに訥々と葬儀をやり過ごしていた。周囲から見ればさぞ冷淡な人間に映ったことだろう。別に構いはしない。
僕を心中で避難した人間とも彼女の両親とも、今後の人生交わることは無いだろうから。
それに何より僕には哀しむ理由がない。
だって、彼女は僕のそばにいるのだから。
僕だけのそばに。
滞りなく葬儀が終わり、参列者が帰還する中、僕は彼女の両親に呼び止められた。
「君に渡したいものがある」
淡白な態度を叱責される覚悟でいた僕は肩透かしを食らった。訝しむ僕へと、両親は小さな箱を渡してきた。
「娘の携帯だ。遺書に、君に渡して欲しいと書いてあった」
あからさまに怪訝な顔をしてしまった。
両親は見た所六十代半ば。このご時世、スマホ一台にどれほどの情報量が詰まっているか、悪用しようと思えば山ほど手段があるのか何も把握していないのか。薄っぺらいかまぼこ板みたいなものにどれだけの価値があるか、まるで解っていない。でなければ遺書に書いてあったとしても、赤の他人にこんな貴重品をあっさり譲渡してしまうはずがない。
僕は差し出された箱と、両親の顔を何度も見比べて、スマホの価値を説くべきか否か逡巡した結果、ありがとうございます、とその場に相応しいんだか相応しくないんだかよくわからない台詞を吐いて受け取ってしまった。
帰宅して、喪服のジャケットだけを脱いでソファに腰かけ、じゃれついてくる猫を愛でながら箱を開封する。
中には充電の切れかけた、彼女のスマホが入っていた。バッテリーの残量が3%しかない。
ーー早く充電して。
僕は渋々自分の充電コードに彼女のスマホを繋いだ。
僕のスマホもそこそこバッテリーが減っているし、これからソーシャルゲームのイベントがあるので万全の状態にしておきたかったのだが……。
そんな僕の不満を察したのか、彼女からLINEが入る。
ーーごめん。でも充電切れたらLINEできなくなるからさ。
ということは彼女はこのスマホからLINEを送ってきているのか。
試しに僕が
ーーそうなのか。
とLINEを送ればロック画面にLINEの新着通知が表示された。
けれどそれはすぐ勝手にスライドされて、LINE画面が開かれた。
彼女の画面だ。
生前と死後の、僕らのやり取りがデータ上の記録として残っているアプリ。
これが今の僕らを繋ぎ、僕が彼女を認識する唯一の手段。
甘えてくる猫を撫でながら、ふと思い立って僕はスマホを手に取った。
ーーどうして死んだ事を隠してたんだ?
返事はすぐに来た。
ーーいや、言い出しづらいでしょそういうの。
まあ確かに。
続け様に気になっていたことをいくつか質問してみる。
ーースマホいじってるって親にバレなかったのか?
ーーヤバい時は何回かあったけどなんとか乗り切った。
ーー充電は?
ーー君との連絡以外一切触らなかったら意外ともつもんだって知ったよ。最近のスマホのバッテリー舐めてた。
ーー今どこにいる?
ーー君のすぐそばだよ。
ーー具体的に。
ーー写メ、撮ってご覧。
言われた通りにカメラを起動して、適当に室内を撮って回る。ワンルームなのでカメラをぐるりと一巡させるだけで良かった。
ふと、猫が僕の膝でごろ寝しながら一点を見つめている事に気が付いた。僕の隣を。猫の見つめる方へとカメラを向ける。シャッターを切る。
確認した写真は、奇妙なもやのようなものが写り込んでいた。僕の隣、ソファに座る人影にも見えなくはない。
LINEの通知が来た。
ーーとなりっていったでしょ。
悪戯っぽく笑う彼女の顔が、もやの中に見える気がした。
僕は霊感が皆無だから、どれだけ彼女が近くにいようとも何も感じない、けれど、僕よりよっぽど心霊現象に強いらしいスマホを使えば、彼女が何処にいるかがわかる。
こうやって少しずつ彼女との接し方を学んでいけばいいのか。
功労者である猫を愛撫してやると、気持ち良さげにゴロゴロと喉を鳴らした。
ーー嬉しそうだねぇ。
ーー君の姿が見えた、ようなものだから。
ーーどこにいるか知りたかったら、そうすればいいよ。
ーーそうする。
これまでスマホ越しでしか認知出来なかった彼女の存在が、より身近に感じられる。
彼女が確かにそばに居るのだと。
歓喜を覚えた反面、僕の心に黒いシミのようなものが広がった。それを払拭する為、直ぐ様スマホを手に取る。
ーー俺以外のところには行ってないよな?
これもまた、返事は即座に来た。
ーー行ってない。死んでからずっと君のそばにいる。
彼女の返信に満足して、僕の黒いシミは一時なりを潜めた。
それからはまた取り留めもない、くだらない話をたくさんして、夜を明かした。
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