死んだ彼女からLINEが来た

七月神取

死始懐胎

ーー死んだ彼女からLINEが来た。



携帯が震える。

LINEの新着通知を知らせるバイブレーション。

画面をスライドさせてLINEを開けば、送り主は案の定彼女だった。

深夜二時。草木も眠る丑三つ時に連絡を寄越す相手は限られている。特に最近は、ほぼ彼女に限定されている。

夜勤中、一人事務所を任され暇を持て余している自分に取っていい暇潰しではある。ネットに繋がるパソコンで適当なサイトを漁りつつ、夜型生活を送る彼女と適当なやり取りをするのがここ最近の職務中の過ごし方であった。なんとも有意義な時間の使い方だ、と自分でも思う。

彼女との会話内容は取り留めのないものばかりだ。

今日の夕飯だとか、ゲームの進捗具合だとか、面白かったドラマや漫画、その日あったなんでもない出来事の報告だとか。

そんな会話を続ける内に、気が付けば夜が明けて、終業している。

同僚にお疲れ様と声を掛け、少しばかりの雑談をしてから帰路につく。職場は徒歩圏内だから、帰り道に彼女と通話したりしなかったり。

通話していた場合、そのまま帰宅してベッド替わりにしているソファに沈み込むまで会話を続ける。

ソファに身を横たえると、外出中どこへともなく身を隠していた飼い猫が這い出て身を擦り付けてくる。甘える様にではなく、撫でろと命じる態度で。

片手にスマホ、空いたもう片手で猫を撫でながら、薄れゆく意識の中で彼女の声を聞く。

釣鐘でもかけられた様に重たい瞼が閉じて、視界は暗転する。艶やかな猫の毛並みと彼女の声だけが世界に充満して、やがてそれも白んでゆく。

記憶の途切れる寸前、

「おやすみ」

と囁く彼女の声が耳朶を撫でた。甘く。


それが僕の日常。

僕の、平穏な日常だった。

別に彼女と一生付き合っていけると思っていたわけではない、この日常が永遠に続くとも思ってはいなかった。

だが少なくとも数日や数ヶ月で幕を下ろすとも思えなかった。

僕と彼女が付き合うに至った経緯は少々歪で、苦い思い出でもあったが、だからこそこの関係が短期間で途切れるものとも思えなかったからだ。

事実付き合ってからの僕らは、時折軋轢も生じるし些細な行き違いから揉める事もあったが、概ね良好な関係を築けていたと思う。

互いに不満も不服も抱えながら、表面上は平穏に過ごしていた。

僕はそれで満足していたし、彼女も同じ様に感じていると信じていた。


平坦な毎日。

休みの予定を合わせて逢瀬を重ねる日々に得る一時の安らぎ。

世間一般の恋人達に擬態した日常。

長くはもたないと知りながら、麻薬の様な甘い日々に耽溺する。

それで良かった。


それが良いのだと感じていたのは僕だけだったと知ったのは、彼女の両親から訃報が届いた時だった。


十月三十一日。

彼女と通話しないまま帰宅した日の事だった。

世間がハロウィンに浮かれるその日に届いた一通の手紙は、三日前に彼女が逝去した事を報せるものだった。

仕事帰りにポストから取り出した封筒は、チラシに埋もれながらも異彩を放っていた為かすぐ目に付いた。僕の名前と、彼女の苗字、その下に彼女の両親と思しき人名が綴られたそれを手に取った瞬間、背筋に悪寒が走った。虫の知らせと言うには遅すぎる衝動に駆られて、帰宅して直ぐに中身を確かめる。

所々に涙で滲んだ痕跡のある手書きの文字が羅列された文面を読み終わった後、僕はスマホを手にした。

LINEを開く。

一番上のトーク履歴の日付を確認する。

十月三十一日、午前六時半頃。

平素と変わらぬ、なんでもない様な彼女からのLINEが来ていた。

三日前に死んだ筈の、彼女からのLINEが。



朝方なのにケーキが食べたいという彼女の文面を読み返して、僕は、うっそりと微笑んだ。

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