第3話

 フラワーシフター洋菓子店は、すぐに見つかった。

 無機質に閉ざされたシャッターの隙間に開かれた緑と白のオーニングは、砂漠のオアシスのようだ。

 重い木の扉を引くとドアベルが鳴り響き、バターの香りに包まれる。


「いらっしゃいませ」

 少し驚いたような顔をして奥から出てきたのは、コックシャツ姿の男だった。

 レジの脇に焼き菓子が三種類、ケーキショーケースの中も二種類だけでスカスカだが、立派に営業はしているらしい。

「【お菓子の家】を見たくて来たんだよ。喫茶室にあるって聞いたんだけど……もう営業してないかい?」

「あ、いえ……喫茶室も営業中です。お菓子の家も、もちろんあります」

 慌てた様子で、カウンターの下から探し出したメニュー表をロカテリアに差し出す。

「軽食はお作り出来ないんですが、ケーキセットなら。……あ、でもコーヒー豆と炭酸水を切らしていて、ケーキもこの2種類からしかお選びいただけないんですが……」

 どんどんしぼむ声に、ロカテリアが「紅茶は?」と尋ねると「紅茶はあります!」と店主は元気に答えた。

「じゃあ、紅茶とこっちのバタークリームのケーキを」

「ありがとうございます、喫茶室はこちらです」

 カウンターから出た店主は、ロカテリアを店の左奥の部屋に案内した。


 入口には、昔喫茶室専用のレジだったであろう小さなカウンターがあり、今はその上に、【お菓子の家】が置いてあった。

 側面が扁平なキャンディジャーは、フタにリボンが結わえてあり、中に色とりどりの菓子で作られた家が入っている。

 その繊細な職人仕事をじっと見つめるロカテリアに、店主は不思議そうに声をかけた。

「お客さん旅行者ですよね、これを見にわざわざウチに?」

「そうさ、だって七十年も前に菓子で作られた家が、今だに腐りも壊れもしないなんて奇跡じゃないか。妖精が中に住んでるってのも本当かもしれないねぇ」

 興奮気味に返したロカテリアに、店主は苦笑いしながら「お好きな席へどうぞ」と告げた。

 言われなくても客はロカテリアだけだ、お菓子の家が一番よく見える席に陣取った。


 フラワーシフターの創業者である男は、真面目で仕事熱心な腕の良い菓子職人だった。

 町の祭のための菓子を徹夜で焼いて、あとは配るばかりに仕上げた後に、ほんの少しうたた寝をした。そこに忍び込んだのは、一匹の食いしん坊な妖精。出来上がっていたお菓子を、夜のうちに全部平らげてしまったのだ。

 目を覚ました職人は「楽しみに待っていてくれた人たちに面目が立たない」と、ひどく落ち込み、そんな大事な菓子だとは知らなかった妖精も大慌て。

 時間を引き延ばす魔法をかけて、職人と協力して、約束の菓子をなんとか祭りに間に合わせた。

 二人はこの一件で深い友情で結ばれた。

 妖精は魔法のように美味しい菓子のレシピを職人に授け、職人はとびきり美味しいお菓子の家を妖精のために作り上げた。

 妖精はこのお菓子の家に移り住み、時々庭先へ出てきて買い物客に手を振って見せたりした。

 こうして【お菓子の家】の店として有名になったフラワーシフターは、町一番の洋菓子店になったのだ。

  

 店主がティーポットとケーキの皿を持って戻ってきた。

「お待たせいたしました。こちらのバタークリームケーキは、当店自慢の妖精のレシピで作られたものです」

 ポットからティーカップにお茶を注ぎながら、店主は少し恥ずかしそうに口上を述べる。

「洒落てるねぇ、食べるのがもったいないよ」

 ケーキの上にはクリームで作られた可愛らしい妖精があしらわれていて、店主の丁寧な仕事がうかがえた。

「そんなことを言ってもらったのは、職人になった頃以来かもしれません」

 はにかむように笑った後で、店主はがらんとした喫茶室を見渡した。


「妖精は父の代までは時折姿を見せることもあったそうなのですが、いつしかパッタリと庭に出こなくなり、僕は姿を見たこともありません」

 妖精が見られなくなって十年も経つと、お菓子の家に住む妖精なんて宣伝のためのホラ話だと笑われるようになった。

「そもそももう妖精のレシピは、見た目が地味で若い子には受けないし、大量生産のラインに乗ったスイーツとは価格でも勝負になりません」

 ケーキに吸い込まれるように刺さったフォークを口に運び、ロカテリアは店主を仰ぐ。

「派手なものは一時いっとき売れても、そのうち飽きられるもんさ。最後に残るのはこういう優しい味のものだよ、自信を持ちな」

 ありがとうございます、と口では言ったものの、職人の顔は晴れなかった。


 ロカテリアが来店してから三十分ほどが経過しているが、他の客は誰一人来ないどころか、窓の外を通る者もいない。

「馴染みのお客様が買い支えて下さっていますが、その数も減るばかり、いつまで店が続けられるかも怪しくなってきました」

 新しい技術がもたらした変革の波を乗りこなす者と、置いていかれる者。

 丁寧な職人仕事こそが評価される時代は、細く焼き切られるように終焉に向かっているようにも思えた。

「だから、今日来てくださって良かったです。ごゆっくり」

 何かをふっきるように、店主はペコリと頭を下げて売り場へ戻っていく。

 ロカテリアの小さなため息は、安い茶葉の紅茶に溶けて消えた。

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