第10話 八翼の始天使、集いて 天界崩壊まであと700年


 光と闇の戦いから三百年ほどの歳月が過ぎて。

 巡り巡る時間の中で世界は移り変わり、魔王の侵略と勇者の活躍は伝承となり、破壊された都市は以前よりも発展を遂げて、下界はすっかり安寧を取り戻していた。


 天使たちも「終末」の危機が去り、一安心。

 各々が己の職務を再開していた。

 

 誰もが平穏な日々が続くことを願っていた。

 だが、現実はそう上手くはいかない。

 今日も明日も良いことばかりなんてことはないのだ。

 平穏という言葉は波乱があるからこそ生まれるのだから。 

 

 今日もまた世界の管理者──天使たちは奔走する。

 ありとあらゆる生命が懸命に、そして自由に生きる世界を永遠に守っていく為に。


「ふう……ようやく着いたぞ……」


 天使の業務を支える総合管理局が有する【極光の塔オーロラ・タワー】の最上階、最後の一段を登り終えた。


 徒歩で登ってきたのか、四枚も翼があるのだから飛べばいいじゃないか、というツッコミは無しにしてほしい。

 引き篭もりがちな私の飛翔スキルはそこらの見習い天使よりも低いのだ。

 

 外は闇夜に星が輝いている。

 天界から眺める夜空は息を呑むほど美しい。

 しかし、それを軽く凌駕する程に美しく輝いているのが眼前の聖域──天空会議場アストラ・テーブルだ。

 古今東西、一切合切の光が満ちて、影でさえ居場所が無い。


 今宵、幾千年の刻を経て、全ての始天使が集う。

 万物の創造主たる女神より命を賜り、奇跡の如く権能を以て世界を構築する歯車を掌握する者たちによる会議。

 彼女たちが紡ぎ出す言の葉は、現世に救いを与えるだろう。


 偉大なる始天使が一人、私は聖域に足を踏み入れた。

 手にしていた魔導書を宙に消し去り、漆黒の外套を翻して聖域を歩み進んで行く。

 視線の先に置かれた今にも晩餐会が始まりそうな縦長のテーブルには、早くも懐かしき面々が揃っていた。

 それはかつて世界の管理を共に誓った者たちだ。


「久しいな、我が同胞たちよ!」


 私が堂々と声を張り上げると様々な反応が返ってきた。

 怒号、皮肉、無関心、歓迎……等々。

 それらを順番に、紹介も踏まえて書き記しておこう。

 彼女たちもまた偉大なる始天使たちなのだから。


「おせえぞ! フィーネ! ブチ殺すぞ!!」


 まずは怒号だ。

 全く風情の欠片もない。

 だが、懐かしさが肌に染みて行くようでもあった。


 彼女は「死の始天使」モルスウェル・デア・ニル。

 死者の魂の運搬と「輪廻の大審判」にて新たに生まれ変わった生命の死を定めることを主な仕事としている始天使だ。


 男性のような刈り上げられた短髪に、常に釣り上がった目と大きな口にノコギリのような鋭い歯を揃えている。

 それらに加えて短気で乱暴、口癖が「ブチ殺すぞ」といういかにも天使らしくない性格をしている。


 察してもらえると思うが、ニルの前で悪さをしない方が良い。

 彼女の判断次第で「死」の刻印を押されてしまうからだ。

 それでも簡単に力を使わないようにしているらしいが、窃盗や強姦などの弱者を虐げる女々しい行為には厳しいと聞いたことがある。


「『殺す』だなんて言い過ぎですよ……フィーネは"超"多忙な我々始天使たちを……一時間も待たせた"だけ"ですから……わたしは……フィーネを赦します」


 続いて、皮肉な笑みを浮かべたのは「生の始天使」リサウェル・デア・リヴだ。

 地の民の善行と悪行を常々観察し、「輪廻の大審判」にて魂の転生先を決めるのが彼女の仕事である。

 

 眉毛の上で前髪を揃えたストレートヘアと華奢な身体。

 常に微笑みを絶やさず穏やかな口調だが、糸のように細い目だけは確実に笑っていない所が、いかにも性格の裏表を示唆している。


「やあ、久しぶりだね。こっちは相変わらずだよ」


「そ、そのようだな……シオンよ」


 ようやくまともな挨拶をしてくれたのはアニウェル・デア・シオンは「感情の始天使」だ。

 中性的な髪型に少年のような瞳が今日も燦々と輝いている。

 

 天界唯一の常識人である彼女の仕事は、下界に溢れる感情のバランスをある程度保つこと。

 調整役と言えば分かりやすいだろうか。

 詳しいことは知らないが、世界が喜びに満ちた時は悲劇を起こし、世界が哀しみに満ちた時は喜劇を与えることで、無計画な人口増加や戦争を防ぐのだそうだ。

 時折世界に現れる悲劇──流行り病や、喜劇──英雄の誕生等といった出来事は彼女の意思が絡んでいることがある。


 従って、自身の管理対象にしか興味を抱いていない者が殆どである始天使の中でシオンだけは様々な管理局に顔を出し、喜劇と悲劇イベントの報告・連絡・相談をしているらしい。

 彼女自身には世界の感情を観測する以外の権能は無い為だ。


 そんなシオンに促され、私は奥の椅子に腰掛けた。

 誰かが掃除してくれていたのだろうか、ホコリ一つ無い状態の素朴だが品格が漂う白の椅子。

 こうしてこの場にいると久方ぶりに始天使としての自覚を思い出したというか、偉くなったような気がするな。


 いつかの魔王さながらに足を組み、頬杖をついたところで──


「アンタちゃんと生きてたのね? ま、アタシは別にどーでも良かったけどさ」


 と「星々の始天使」ステウェル・デア・ルキスが声をかけてきた。


 星の意匠が付いた髪紐で髪を二つに結び、愛くるしい童顔を拗ねた表情に歪ませている。

 つぶらな瞳は星空のように輝いて、満月を思わせるまん丸の頭部も相まって思わず撫でたくなる者もいるだろう。

 外見はまるで少女のようだが、やはり甘く見てはいけない。

 彼女は「太陽と双子月を含めた星々の管理」という重要な仕事を担っているのだから。


 彼女と会うのは「星の大洪水」以来だな。

 魔法で手助けしてやった時は泣いて感謝されたが、あれは一時の感情に過ぎなかったらしい。

 私に対して反抗的な態度は昔から変わらない。


「ヘッ、ウソつけよ。『フィーネは今日もいないの?』つって毎回言ってたじゃねーか。うるせーからブチ殺したかったぜ?」


「は、はあ!? そ、そ、そんなこと言ってないし!!」


「ルキスよ……まさか心配してくれていたのか?」


「ち、ちがうし! ひさしぶりに会いたいなあ、とか思ってないし!」


 ルキスは顔を赤くして言った。

 「会いたいなあ、とか思ってない」か。

 やはり私は彼女に嫌われているようだ。


 落胆する反面、昔から変わらない彼女を愛おしく思った。


「ふふふ……でも、これで皆揃ったわね。本当に久し振りだわ。フィーネちゃん来てくれてありがとう」


 「自然の始天使」フロスウェル・デア・アモルが笑う。

 ゆらゆら揺れる長髪に母性溢れる身体、表情。

 大陸に吹く風、芽吹く植物、流るる川は彼女の子供たち、という地の民の評判は言い得て妙だと感じる。


 アモルは世界管理当初から唯一交流が続いていた始天使だ。

 まあ、仕事のことを相談したり、協力したりというわけではなく、ただ毎年何かしらの物品を送り合っていただけだがな。


 補足しておくが、私だけに特別というわけではないぞ。

 物品を贈るだとか、お世話を焼くだとか、下界で言うお節介な母親のような行為は彼女の十八番なのだ。


「いや、礼には及ばん。アヴァスちゃんもラピスも元気そうだな」


「わん」


「……」


 アモルの横に座る「暴食の始天使」アヴァスちゃんと「重力の始天使」グラウェル・デア・ラピスに挨拶をする。


 アヴァスちゃんは犬、ラピスは石だから大した返事は無い。

 とは言え、どちらも重要な役割を果たしていることに変わりはないし、私の大切な同胞だ。


「さて、再開の挨拶も済んだみたいだし、『始天使会議』を始めようか。代理で仕事中の守護天使たちの為にもさっそく本題に移るけど、今年の『世界樹剪定』は誰にしよっか?」


 八人の中で誰よりも冷静で透明感のあるシオンの声。

 まるで喧騒の鎮め方を知っているかのような響きに皆が姿勢を正して黙り込む。


 やがて各々は微妙な表情を浮かべ始めた。

 その様相も様々で口笛を吹き始める者もいれば、口元を歪ませる者もいて、舌打ちまでもが聞こえてきたが、最終的には指し示したかのように私の方へ視線を寄越すのだった。


 無言の圧力。

 何だこの粘り付くような雰囲気は。

 すごく嫌な予感がするぞ。


「ま、フィーネだろ? てか断ったらハチ殺すし」


「ええ……満場一致……ですね」


「ていうか、そのために呼んだんだし」


「ふふふ、フィーネちゃんの剪定、楽しみだわ〜」

 

「わん」


「……」


「……というわけで、いいかなフィーネ」

 

 笑顔で同意を求められても困る。

 世界樹? 剪定? 何を言っているんだ?

 

 そもそも私が呼ばれていたのは──


「今宵は彼の勇者の転生先を決める為に集ったのではないのか? 間近で見た私の助言が欲しいというから降臨したのだぞ」


「ああ、アレは嘘だよ。そうでもしないと来てくれないかなって思ったから」


 サラリと白状するシオン。

 表情を崩さずに軽く肩を竦める姿からは一切の負い目すら感じられない。

 心の理解者である感情の始天使が嘘を言って良いのか、と糾弾したくなったが、彼女が相当な口達者だったことを思い出して出かかった言葉を飲み込む。


 狼狽した私は母なるアモルに助けを求めた。

 彼女ならば助け舟を出してくれるに違いない。

 

「ふふふ、『世界樹剪定』は世界樹の成長の過程で生まれる邪魔な枝を切ることよ。毎年やってるんだけど、すっごく面倒くさいの」


「め、面倒くさい……それを私にやれと言うのか?」


「「うん」」


「お、お前たち、騙したな! それでも天使か!?」


 私は席に座る始天使、いや「悪魔」たちを罵った。

 彼奴らは己が怠慢の為に仕事を私に押し付けようというのだ。

 そんな理不尽な話、許されるはずが無い。


「でもよお、お前が下界で暴れた時、オレたちはクソ大変だったんだぜ。魂の行列は五十年くらい続いて、オレは五十年間休み無しだった。今からでもブチ殺してえくらいだ」


「転生には……その倍の百年かかりました……フィーネ……感謝もしていますが……この恨みも……絶対に……忘れません」


「そうそう、あの魔法で小月の軌道がズレたのよね。まあ? それだけ……アンタがす、すごいってことなんだろうけど?」


「ふふふ。皆フィーネちゃんを責めちゃダメよ? たしかにわたしもあれから頑固な腰痛が続いてるけどね」


「わん」


「確か重力も歪んだんだよね、ラピス? ──ボクも『あの恐ろしい炎は魔王の仕業なんじゃないか』って不安がる地の民を落ち着けるのに苦労したよ」


 続々と出てくる魔法の始天使、もとい私に対する文句。

 ここまで団結している彼女たちは長らく見たことがなかった。


 やっぱり迷惑かけてたんですね。

 何か周りが忙しそうにしてるなって思ってたんです。

 でも、怒られるのは嫌だから、現実から目を背けるためにバニーと一緒に酒を飲みに行っちゃったりして。


「もしかして、断れない感じ……ですか?」


「まあ、魔王の件はフィーネが一番適任だったんだろうし感謝もしてるけど、ボクたちもそれなりに働いたんだ」


「う、うむ……それはすまなかったな」


「謝らなくてもいいよ。だから、あの件は貸し借り無しとしてさ。天界が作られて約九千年『世界樹剪定』をフィーネだけがやってないのはおかしいって毎年言われてたんだ」


 シオンの言葉に皆がしっかりと頷く。

 こういう情に訴えかける場面では、やはり彼女の真骨頂が発揮されるようだ。


「騙したのはボクたちが悪い。でも、良い機会だとも思ってるんだ。世界樹は巨大なマナ発生装置なんだろう? そして君はマナの専門家と言ってもいい。もしかしたら色々と"改善"するかもしれない。だからどうかなフィーネ?」


「はい……やります……」


 あまりに巧妙な話術に、私は頷くことしか出来なかった。

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