第11話 森の守り人 天界崩壊まであと700年


 世界樹とは自然界に存在する歴史上最大の樹木であると同時に、巨大なマナ循環装置としての役割を果たしている。

 一般的な植物は光合成ともに「死した空気」を「生きた空気」へ変換させるが、世界樹は上記の変換に併せて「ロストマナ」も吸収し、「アライブマナ」(「第三章、魔法発動とマナ消費」参照)を排出する。


 つまり、世界樹はマナ界においても重要な機関と言える。

 また、これを育成・保護する役目を担っているのが森の守り人エルフである。


 出典

 偉大なる魔術師マギーネ、「赤の魔導書〜魔法の常識〜」, p211. 



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「というわけで到着! 邂逅! 【世界樹の森】!」

 

 私は人知れず声を上げた。

 世界樹に対する宣布のつもりだったが、青々とした木々のざわめきに飲み込まれてしまう。

 

 大陸北部、大陸最大の森。

 森の中は荘厳な雰囲気で、魔物の気配は感じられない。

 息を吸い込めば浄化された空気とマナが肺に入ってくる。

 そして、僅かに首を上に向ければ立派な世界樹が空を覆っていた。


 【世界樹の森】は植物優性の独自の生態系を確立しているらしく、ここでしかお目にかかれない千差万別かつ最高峰の薬草が有り余るほど自生していると聞く。

 中には世の理に離反する「死者蘇生」を可能とする種も噂されている程に特別な場所なのだ。

 

 現にこの場所は高純度のマナに満ちている。

 呼吸の度に身体に取り込まれるマナ、漲る魂。

 私の心底に封印されし聖焔が今にも暴れ出してしまいそうだ……。


 しかし、今回の目的は「世界樹の剪定」

 世界の根幹を維持管理する始天使が面倒くさいと批評する業務だ。

 早く帰りたいから、観光は捨て置くぞ。


 ちなみにバニーを同行に誘ったのだが断られてしまった。

 今日は火酒が安いらしいな。

 守護天使が主である始天使の誘いを断るなど聞いたこともないが、それもまた彼女の魅力だろう。

  

「よし、閃雷の如く速さで剪定を終わらせるぞ、と言いたいところだが……アモルの言っていた通り、これ以上進むと深淵よりも深き迷宮に招かれることになるようだな」


 目の前を断絶する透明な膜。 

 一見すると薄氷のようで簡単に破壊出来てしまいそうだが、それは天界の叡智の結晶であり私と世界樹を隔てる障壁だ。

 何人たりとも世界樹に近寄らせない為の、所謂結界だな。

 同胞たちによれば、迂闊に触れれば【世界樹の森】の入り口付近まで飛ばされてしまうらしい。


 これを越えるためには森の守護者であるエルフと同行するか、合言葉を唱える必要があるとのこと。


 中々、厳重に守られているのだな。

 そのせいで中に入れないではないか。

 合言葉を忘れてしまったからな。


 やばい、どうしよう。


「……枝がつるつる……? 鳥がぴーちく、だったか? くるりんぱがどうとか言っていたような気がするが……くそ、合言葉が難解過ぎる……もっと簡単に、分かりやすくしてくれ」


 記憶が眠る本棚の中から、天上の同胞たちに教えてもらった文言を探さんとする私。

 だが、数分も経たずに諦めた。


 人には人の適したやり方というものがある。

 それを無理に変えようとすれば、己の輝きが失われてしまう。

 私は考えることが苦手だ。

 だが、魔法を使うことは得意だ。


「世界樹を守る結界など、私を阻む障壁とは成り得ない! 『【多重詠唱】──内なる衝動を闇に隠せ【気配消去ケラーレ】──清き心をここに誓う、光の霧で我を包み隠せ【透明化リムピタス】』」


 私の詠唱にマナが呼応してその姿を変える。

 闇夜に紛れる影のように気配を覆い隠す布、屈折率を変化させ邪悪なる者から守護する薄霧、二つの魔法が合わさり、私の姿を世界から消し去る。

 闇魔法と光魔法の併用はあらゆる観点から禁忌としているが、魔法の創造主たる私であれば、まあ……いいだろう。


 結界がどういう類いの奇跡で成り立っているのか知らないが、要は認識されなければいいのだ。


 完全な空虚な存在となった私は、結界に足を踏み入れた。

 得も言われぬ違和感──粘性のある水を全身で受け止めたような感覚が通り過ぎ、障壁を越えたことを本能的に理解する。

 瞬間、視界が開けて、穏やかな風が頬を撫でた。

 世界樹はすぐそこであった。


「……ほお……間近で見ると壮観だな……」


「ようこそお越し下さいました。始天使マギウェル様」


 思わず感嘆の声を漏らす私。

 少し遅れて掛けられた声によって、世界樹の根本で横一列で並ぶエルフたちの存在に気が付いた。


 陽光を反射する白い肌に、小麦色の髪が風に靡く。

 皆が水気を含んだように若々しく、華奢でありながら靭やかな身体を有しており、尖った耳を生やしていた。


 妖精──そんな言葉が脳裏に思い浮ぶ。

 エルフ族が最も美しく気高い種族だと天界で太鼓判を押されているのも納得であった。

 そんな彼らが整列し、私の為に頭を下げている。

 何だか支配者にでもなったような気分だ。

 まあ実際、下界において始天使はそれなりに偉い存在なのだろうがな。

 

「顔を上げてくれ、森の守護者たちよ」


「では僭越ながら。此度はご足労頂き感謝します。お初にお目にかかります私は、長老のカルディオスと申します」


 横列から一人進み出て、堅苦しい自己紹介をしたのは長老。

 最初に声を掛けてきたのも彼だった。

 金髪を肩以上に伸ばし、足元まである麻の外套を羽織り、枝が絡み合った形状の杖を手にしている。

 

 長老とは言うが、外見は若い。

 不老とされるエルフ族の特長だろうな。

 ただ、彼の醸し出す雰囲気は神気じみているというか、天界にいる者たちに近いものがあった。

 

「ご存知らしいが、念の為名乗っておこう。私は史上最高の魔法管理者マギウェル・デア・フィーネだ。『世界樹剪定』の任、此度は私が承るぞ!」


「はい、フロスウェル様より拝聴しております。我々エルフ族一同、偉大なるマギウェル様の御目にかかれて光栄で御座います。初会を祝して、ささやかですが祝宴の用意をしております。如何致しますか?」


 祝宴という言葉を思わず喉を鳴らしてしまう。

 下界の食事の素晴らしさは三百年前に思い知った。

 光り輝く食材が舌の上で踊り狂い、快感を帯びて喉元を通り、心を満たす感覚をもう一度味わってみたいが……駄目だ。


 食欲というのは天使にとって不必要な要素。

 むしろ邪魔だとも言えるだろう。

 そう、私は反省したのだ。


 食欲を知った私が天界に戻ると、既に酒に取り憑かれていた弟子が千鳥足で近付いて来て「とうとう知っちゃいましたねえ」とニヤニヤ笑いながら絡み付いてきた。

 そこで私は痛感したのだ。

 こうはならないようにしよう、と。


「むう……魅力的な提案だが……遠慮しておこう。早速作業に取り掛かりたい」


「承知致しました。差し出がましい提案をどうかお許し下さい」


 そう言って長老カルディオスは深々と頭を下げた。

 暫く待っていても彼はお辞儀をしたままだったので、慌てて面を上げるように伝える。


 なんだかやりにくいな。

 謝罪に相応しいのは、わざわざ準備してくれた宴を断った私の方だと思うのだが……

 

 しかし、この居心地の悪さには覚えがあるな。

 そうだ……初めて地の民に魔法を教えた時だ。

 天界から降りて炎の起こし方を教えてやったのだが、あれこれ言う度にいやに媚びた様子で返事をされるので困惑、というか恐怖を覚えた記憶がある。


 始天使として地の民と会うのは、それ以来になるのか。

 初仕事の記憶が蘇ると共に、魔法局に引き篭もるようになった理由も思い出してしまった。


「さて、もう取り掛かっても良いか? 適切な魔法を幾つか用意してきたのだ! すぐに終わらせるぞ!」


「お言葉ですが、世界樹はフロスウェル様の愛で守られております故、剪定には『神切りハサミ』を使用して頂きます」


 彼の言葉を合図に、列から二人のエルフが進み出てきた。

 御台のようなものを頭上で支え合い、それを恭しく私に差し出してきた。


 御台に乗っていたのは、銀色のハサミ。

 少し大きめであることと、名前が駄洒落くさいこと以外、何の変哲もないハサミだ。


「コイツでしか切れないのか? 大層なものには見えないが」


「流石はマギウェル様、ご慧眼に感服致しました。仰る通りこの『神切りハサミ』には何の効力も有りません。ただのハサミで御座います」


「本当に普通のハサミなのか……何故使う必要があるのだ?」


 私の問いに長老カルディオスは周囲を伺う素振りを見せる。

 何か警戒しているようだ。

 当然、魔物や外敵の気配は一切感じられないが……


「少し耳を貸していただけますか──あの世界樹は相当な頑固者でして、そのハサミしか受け付けないのです」


「受け付けない? 意味が分からないぞ」


「そう仰るのも無理はありません。我々から一人案内役を遣わしますので、彼女の話を聞いてやって下さい。セファローズ!」


 長老カルディオスの一声に、再び列からエルフが進み出た。

 一際長い耳を桃色に染め、ぎこちなさ満点に手と足を同時に出しながら、こちらに歩いてくる。

 彼女の醸し出す緊張感は私にまで伝染して来そうだ。


 やがて、私の正面に立つセファローズ。

 その容姿はおそらく美人の部類に入るのだろう。

 それもただの美人ではなく最上位級の美人だ。


 我々と同色の長い金髪を後ろで三つ編みに結び、前髪を横に流した形はまるでそよ風を味方に付けたようだった。

 背格好は私と同じくらいで、胸はエルフらしく控えめだ。

 膝上のスカートから覗く真っ白な太腿が眩しい。

 揺れ動く碧眼がようやく私を捉えた。 


「よ、よろしく……お願いします。い、いたします」


「ほう……貴様は……」


「臆病なセファローズの無礼をお許し下さい。マギウェル様の御威光に緊張しているのです。少々礼儀に欠ける部分もありますが、草木に対する理解は里で最も優れております故、どうか見逃してやって下さい」


 そう言う長老カルディオスは、隣で「うっさいわね……」と呟くセファローズの頭を思い切り押さえて下げさせるのだった。


 そんな彼女を、新緑の如く靭やかで美しいマナを、私は知っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る