第7話 大決戦! 魔法城! 天界崩壊まであと1000年


 翌朝、【エンドフィート村】の出入り口。

 今にも雨が降ってきそうな曇り空と土埃の混じった空気。

 私とフォルトは出立の最終確認を行っていた。

 

「……本当に一瞬で魔王城に行けるのか?」


「うむ、究極移動魔法【転移】ならばな。というかフォルトは魔法を使わないのか?」


 果実で例えるならば間違いなく芳醇なマナを前にずっと疑問に思っていたことを投げかける。


 ただ多量であるだけでなく美しく磨かれたマナ。

 こうして観察しているだけで、彼が幾つもの苦難を乗り越えてきたことが伝わってくるようだ。


 だが、ここ2日間で彼が魔法を使っている様子は無かった。

 昨日の戦闘中ではマナによる肉体強化を行っていたが、アレは魔法ではなく『特技』とやらに分類される。

 世界全体で魔法使いは少数であることを考慮しても、勿体ないと感じざるを得なかった。


「……風と光の適性はあるらしいが、マナを上手く引き出せないんだ……それに魔法は近接戦闘向きじゃない」


「そうか……」


 類稀な才能が埋もれていく様子を前にして落胆する。

 

 魔法を発動するには「マナ」、「詠唱」、「技術」が必要だ。

 そしてこれが世界に魔法使いが増えない理由でもあった。

 

 この世に生きとし生けるものが持つ「マナ」、マナと無限の可能性を接続する「詠唱」、そして、顕現した可能性を操作する「技術」、確かに魔法発動には欠かせない。


 だが、これらは多少の差はあれど誰しもが扱えるものだ。

 輪廻転生に属する生命ならば、例え家畜ですら理論上魔法は発動可能である。


 しかし、人々が「魔法」と聞いて想像するのは万象を焼き尽くす炎や、大海をも凌駕する激流等々の全知全能じみた能力のようで、実際に魔法を試してみた際のギャップと難易度に殆どの者が諦めてしまう。


 そして『特技』や【詠唱破棄】などという邪道に走るのだ。

 

 魔法で火を起こして温まる、木々に魔法で水をやるだけで一流の魔法使いだと言うのに。

 地の民は魔法を便利な道具だと勘違いをしているのだ。


「……任意の場所へ移動できる、なんてバケモノじみた魔法など何年かかっても習得できんだろう……本当にお前は何者だ?」


「フッ……ただの至高の魔術師だ……」


 褒められて機嫌を取り直した私は、気に入った二つ名を再び披露しながらフォルトの様子を伺う。


 相変わらずの無表情。

 それに、僅かに暗さが増したように見える。

 昨晩の出来事を加味した私の邪推かもしれないがな。


 待ち人聖女マーレはまだ来ない。


「そういえば聖剣が折れたというのは本当なのか?」


「……よく知ってるな」


 フォルトは苦笑を浮かべると、腰の剣に手をかける。

 それから易々引き抜くと、無残な姿の聖剣が現れた。

 輝きもなく、大いなる力も感じられない。

 根本から刃渡り数センチも行かぬ所で、破り取られるように折れていた。


「……なんと」


「……この未来は見えていたが、本当に折れた時はさすがに驚いた」


「もう使い物にならないのか?」


「……力を振り絞ればなんとか、な」


 聖剣による身体能力の向上、狼煙代わりの光の放出、アンデッドの浄化など、全盛期とは比べ物にならないほど劣化しているものの行使可能な能力はある、とフォルトは説明する。


 私は「なるほど」と相槌を打つが内心妙だな、と訝しんだ。

 

 聖剣とは、遥か昔に闇に堕ちた世界を救う為、全知全能である女神デア様が創り出したものだ。

 世間では「聖遺物」などと呼ばれ、私も聖剣とそれが織り成す物語を気に入っていた。

 

 完璧な女神デア様が創り出した完璧な聖剣。

 それが真っ二つに折れる?

 たとえ選ばれし者といえどヒューマンによって?


 紛うこと無き事実を目の当たりにしているのにも関わらず、私は納得出来ずにいた。


 まあ、今そんなことを考えても仕方がないのだがな。


「そんな状態で魔王には勝てるのか?」


「……さあな」


「む、分からぬのか」


「……マーレを救うことができれば勝てる」


「……それは、つまり不可能ではないか」


 対してフォルトからの返事は無かった。

 言わない方が良かったかもな、と後悔するがもう遅い。

 嫌な沈黙が訪れた。


 そろそろ私も気まずい空気が嫌になってきた。

 なんというか、私は世界を知らなすぎるのかもしれない。

 天界では私を咎める者などいないからな。


 少し発言には気を付けよう。


「……それにしても遅いな」


「聖女マーレか。村人たちと挨拶を交わしているのではないか?」


「……どうだろうな……『今生の別れじゃないんだから見送りはしない』とオーラムは言っていたが……」


 そう言った矢先、曲がり角で黒い影が揺れた。

 影の正体は修道服の裾、聖女マーレだ。


「遅れてしまい申し訳ありません……! 教会でお掃除をしておりました……こういう時こそ、と思いまして」


「……いや、大丈夫だ」


「さて! 役者は揃ったな!」


 勇者、聖女、そして最強の魔法使い。

 光に選ばれし者が集い、魔王討伐の準備が整った。

 勇者たちの旅は終わりを迎え、荒廃した世界に光が差す時が来たのだ。


 いざ、決戦へ!


「……では、頼む」


「よ、よろしくお願いします。フィーネ様!」


「よーし……我が究極魔法に刮目せよ! 『世界と世界を繋ぐ光の門よ、月と太陽を紡ぎ、天と地を反転し、虹の橋を架け給え、宿命背負いし我等の行き先は、闇の巣窟たる魔王城──【転移トランスフェロー】』!!」

  

 超高度の詠唱と共に周囲を巻き込んだ膨大なマナが集約し、爆発する。

 そして、天空より降り注ぐ光が、私たちを包み込んだ。

 光柱の中でフォルトとマーレが頷き合う景色を最後に、私たちは【エンドフィート村】から姿を消した。



 寸刻後、眩い光が終わり、魔王城へ辿り着く。

 眼前には、赤黒く薄気味悪い扉。

 天界とは真反対の穢れを肌で感じ取った。


 横でフォルトとマーレが一瞬身体を震わせるのが分かった。

 

「……!?」

 

「こ、ここって!?」


「ふむ……魔王のお膝元『玉座の間』と言ったところか? せっかくだから魔王の所まで転移したぞ」

  

 私の言葉に二人が強張る。

 表情というか身体全体が石のように硬直していた。


 覚悟していただろうに、何を今更驚くことがあるのだろう。

 

「さあ行くぞ!」


「……ま、待て!」


「何だ?」


「……お前はここまででいい……もう充分だ」


 先程まで顔を青くしていたフォルトが、今度は真剣な顔になって私を引き留めた。

 その瞳は黄金色に輝いている。

 おそらくは未来を見ているのだろう。


 そういえば昨晩「お前を巻き込みたくない」などと言っていたな。


 私はフォルトから視線を外し、聖女マーレの方を向いた。

 彼女の意見を聞くべきだと思ったのだ。


「そう、ですね……これはわたしたちが始めた旅です。幾千もの犠牲と足跡に残された贖罪をフィーネ様が背負う必要はありません」


 と聖女マーレは微笑んだ。

 今にも壊れてしまいそうな笑顔の中で、目の下に出来た隈が存在感を放っている。


 全く、誰も彼も救いようがないほどのお人好しだな。


「言い忘れていたことが二つある。まず、先程使った【転移】は膨大なマナを消費する為、片道しか使えない。そしてもう一つ、昨晩フォルト『魔王城までは同行してほしい……それ以降は、お前の自由にしてくれ』と言ったな」


「……確かに言ったが……」


「だから私は私の自由にする! 世界を闇に染めんとする魔王をブチ倒すのだ! ──たのもー!!」


 私は悪趣味な扉を開け放ち、玉座の間へ足を踏み入れた。

 途端に吹き荒ぶ瘴気、身の毛がよだつ程の威圧感。 

 そこは途方も無い闇であった。


 永遠に続くかと思える暗闇の先に、一際大きな闇があった。

 まるで深淵を覗いているような錯覚に陥る。

 並の生物であれば恐怖に飲み込まれていただろう。


「……勝手に開けやがった……マーレ、行くぞ……!」


「はい……! 『闇を照らす、始まりの光よ、我に力を──【光球デア・シャイン】』」


 聖女マーレが生み出した光の球が玉座を照らす。

 すると、ようやく闇の王の姿が浮かび上がってきた。


 憤怒を象ったような荒々しい角が天を刺し、この世の全てを闇に染めんとする強欲な大翼が幅を利かせ、魔王は余裕綽々といった風に傲慢な笑みを浮かべていた。


 まるで魔物の憎悪を凝縮させたかのようだ。


「此処まで辿り着いたか。勇者……いや、矮小なヒューマン共よ。忌々しき剣を失った貴様では、城に張り巡らせた謀略を突破出来ぬと思うたが……よもや腕利きの転移魔術師を手駒にするとはのう」


 魔王の紅眼は私を捉えて、醜く歪んだ。

 身体に走る悪寒。

 視線を注がれただけで、「闇夜を背負いし外套」が主を防衛せんとはためいた。


 確かにコイツは強いな。

 全ての守護天使が集まっても敵わない、というのもあながち間違いではないように思える。


 だが──


「私は転移魔術師などではない! 至高の魔術師だ! 『来たれ、猛き火炎よ、野望を糧に、決意で火を起こし、情炎を刃に変え、我が道を阻む者を焼き斬れ──【炎剣イグニス・ブレード】』」


 先手必勝。

 私は炎属性の中級魔法を発動した。

 マナが作り出した爆炎の中、右手で掴み取るは猛き炎の剣。

 聖剣が無くとも私の魔法で貫いてやる。


 私は跳躍し、魔王に向かい炎剣を振るった。

 フォルトが何か叫んでいたが、気にしない。

 

 そして、燃え盛る炎は微動だにしない魔王の胸を貫いた。


「ッ……何という威力……だ」


「ふん、聖なる炎に抱かれて息絶えるがいい……!」


「……クク……『至高の魔術師』か。成程、単なる自惚れではないらしい。但し、絶大な力がその身を滅ぼすのだ──【反撃】」


 魔王が唱える。

 それは魔法ではない。

 おそらく彼奴の持つ【固有能力ユニークスキル】だ。


 魔王に突き刺さっていた炎剣が闇に飲み込まれる。

 そして、一方の闇から現れた黒い剣が私を貫いた。


「……ッ!? まさかッ……私の魔法を!?」


 どんな事象でも侵すことの出来ない天使の身体。

 最も女神デア様に近しいとされる聖なる肉体。


 その唯一の破壊方法は、その天使と同等以上の力であった。


 私の魔法を模した黒剣。

 其れが放つ闇の炎は、天界最高位である始天使を塵芥と化した。

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