第6話 最弱勇者と折れた聖剣 その5 天界崩壊まであと1000年


 【エンドフィート村】──「荒野の仔蛇亭」

 平穏でそれでいて明るい、村人たちの憩いの場。

 耳を澄ませば、賑やかな声が聞こえてくる。

 円卓のテーブルには「実家より安心感がある」と評判の料理と、それを囲う勇者一行がいた。

 

「うまっ! うまっ!」


「あっはは、お嬢ちゃんいい食いっぷりだねえ。はい、熟成ラム肉のクリームシチューだよ」


「おおっ! まるで雲海のようなスープに、具材たちが奏でる芳醇な香りッ──うまい!!」


 私は人生初のシチューに心を奪われていた。

 同卓の地元民フォルト、マーレ、オーラムの3名は、どこか自慢げにこちらを眺めている。


 下界の料理は天使の輪が外れるほどの美味しさだ、と噂には聞いていたが、まさかここまでとは。

 

 ああ、デア様……ついに私も知ってしまいました。

 我々天使さえも虜にするという罪深き「食欲」を。


 いけない……ああ、ダメなのに……。

 手が、口が、舌が、次の一口を求めてしまう……。


「女将……いや、至高の料理人シェフと呼ばせてもらおう。至高の料理人シェフ、生命が満ちる聖杯を、虹彩を纏いし肉林を、地の民による魂の晩餐を我に! おかわりだ!」


「何を言ってるのか分からないけど、どんどん食べてね。お嬢ちゃんはこの村の英雄だよ」


 朗らかな笑顔の女将が、またもや料理を運んでくれる。

 オルグイとかいう魔物を倒しただけで、これほどのご馳走にありつけるとはな。

 

 人助けもなかなか悪くない。

 柄にもないことを考えながら、私は食べまくる。


 その一方で、同卓の三人はなにやら話を始めるようだ。

 勿論、私は聞く耳など持っていなかった。

 私は魔法と目の前の食事にしか興味が無いからな。


「……フォルト、マーレちゃん、二人ともありがとな」


「……いや」


「礼を言わねばならないのはわたしたちの方です。育てて頂いた恩返しもままならず、勝手に旅立ってしまった私たちを、再び迎えてくださったのですから」


 マーレの言葉に、三人はほぼ同時に柔和な笑みを浮かべた。

 痛く、寂しく、そして懐かしい記憶に、思わず心情が滲み出てしまったのだ。


 二度と会えないと思い込んでいた友人の再会は何よりも温かいものだった。

 こんな世の中だと尚更だろう。


「お前たちの活躍は商人のドミノさんから聞いてたよ。色々巡った末に、ここらへんに戻ってきてるってこともさ。まさか帰ってきてくれるとは思ってなかったけど」


「……『活躍』か?」


 フォルトが自嘲気味に口元を緩める。

 彼の称号は「最弱勇者」だ。

 批判が日常となった彼にとって「活躍」という言葉は妙に浮ついていて、可笑しなものだった。


「ふふ、オーラムは相変わらずお優しいですね。わたしたちの旅は敗走ばかりでしたのに」


「いや、でも、四天王とかってやつらは全部倒したんだろ?」


「……まぐれだ」


「そうですね……天使様より授かった加護と……多くの犠牲があってようやく手にした勝利でした」


 フォルトとマーレが小さく俯いた。

 お互いの表情が薄黒いベールをかけられたように暗くなる。

 そんな彼らを前に、オーラムはなんとかフォローしようと口を開くが、ついに言葉は出てこなかった。


 あの時と同じだ、とオーラムは奥歯を強く噛み締める。

 自身と同じ平凡だった幼馴染が、勇者しか持ち得ないはずの聖剣を持ち帰ってきたあの日。

 大切な友人を引き留められなかった後悔が、古傷のように疼き出す。


「相変わらずシケてるな、フォルト」


 重い沈黙を破る声。

 床を踏み抜いてしまうのではないかと思うほどの足音を立ててやってくるのはゴルドだった。

 見るからに不機嫌そうな表情をしている。


「……ゴルド」


「お久し振りです、兄さん」

 

「へっ、ようやく帰ってきたと思ったら、タダ飯か? ただでさえ食糧難だっていうのによ」


「おい! ゴルド!」


 オーラムに睨まれ、ゴルドは大きな舌打ちをした。

 今にも掴みかかって来そうなほど、ゴルドの表情は険しい。

 その場にいた誰もが彼がそのまま立ち去っていくことを願ったが、叶うことはなかった。


 ぶすっとした表情で立ち尽くすガタイのいい青年。

 恐る恐る様子を窺ってみると、その険しい表情の合間でフォルトの方にチラチラと視線を送っているようだった。


 どうやら文句を言いに来ただけではないらしいぞ、と円卓の三人は無言で視線を交わした。


「……弓を使うようになったのか、ゴルド」


「そういえばそうですね」


「ふん、剣は飽きたんだよ。それに時代遅れだ」


 ゴルドがぶっきらぼうに言う。

 再び気まずい沈黙がやってくる、とフォルトとマーレは予想したが、またもや的中しない。

 

 むしろ、オーラムが目を輝かせたところだった。


「はは、嘘つくなよゴルド」


「おい……言うんじゃねえぞ」


 オーラムの肩を掴み、凄むゴルド。

 しかし、オーラムは嬉々として止まろうとしない。


 明らかに空気が変わった。


「……なんだ?」


「ほら、フォルトが剣を使うようになっただろ? だから俺たちの中で遠距離役がいなくなったわけだ」


「フォルトは元々弓使いでしたからね」


「おい──」


「だから『アイツがいつ戻ってきてもいいように』ってゴルドは弓使いに転職したんだよ。狙って攻撃するなんてやったこともないくせにさ。ほんと、相変わらずの馬鹿だろ?」


 オーラムは嬉しそうにゴルドを罵った。

 かつての不器用ながら優しい兄の面影を見たマーレは微笑みを浮かべ、フォルトもまた頬を綻ばせていた。


 円卓にこれまで積み上げてきた思い出が蘇る。

 張り詰めていた戦時中の空気はもはや見る影もない。

 やはり彼らは正真正銘の友であった。


「いいか、フォルト! 魔王なんかに絶対負けるんじゃねえぞ! あとオレの妹を最後まで守りきれよ!」


「二人なら大丈夫さ。俺たちはパーティの準備でもして待ってるから。必ず帰ってこいよ」


「……ああ」


 フォルトは決意を固め、強く頷いた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 それからしばらくして。

 料理の香りは消え、懐かしき顔ぶれもまばらとなった。

 未だに円卓にいるのは至高の魔術師こと私とフォルトのみ。


 決戦前に、何やら話があるらしい。

 私は膨れ上がった腹をさすりながら彼の言葉を待った。

 その表情は相変わらずの無愛想だったが、当初の警戒心は感じられなくなっていた。


「……ここにコインがある」


「うむ」


「……表と裏、どっちが出ると思う?」


 唐突に聞かれ少し驚く。


 ──コイントス。

 このご時世、子どもでも喜ばないであろう遊戯だ。

 出会ったばかりの関係だが、彼らしくないと思った。

 いよいよ明日は最終決戦となるわけで、勇者ならば瞑想するなり素振りするなりして最後まで力を高めるのが定石ではないだろうか。


 とは言え、馬鹿らしいと一蹴出来る程私は冷徹ではない。

 むしろ、何が起こるのか、と僅かな好奇心を抱いていた。


「むう、表か?」


「……いや、裏だ」


 何故かフォルトは断言して、コインを親指で弾いた。

 料亭の黄昏時を思わせるような灯りに照らされながらクルクルと回転しつつ上昇し、適当な所で下降に切り替えたコインを私はつまらなそうに眺める。

 そうして、コインはフォルトの手の甲に捕まえられた。


 そして結果は──裏だった。


「確かにな。だが……偶然だろう?」


「……次も裏、その次は表、また表が出て最後に裏だ……やってみろ」


 フォルトが無表情でコインを渡してくる。

 私の手の平に乗ったのは何の変哲もないただのコインだ。


 表と裏のどちらか。

 そんなもの純度百パーセントの運ではないか。


 私は心の中で呆れながらコイントスを繰り返したが、結果は彼の言う通りとなった。


「イカサマか?」


「……違う。俺は未来が『見える』んだ」


 フォルトは言う。

 その瞳に黄金の輝きを宿らせながら。

 それは我々天界の者たちと同じ色だ。


「未来が?」


「……そうだ。信じられないのならば、お前が信じるまでコインを投げ続けよう」 


「いや、その必要は無い。だが、貴様の力は…………そうか」


 と言いかけたところで、閃く。

 オーラムは現代勇者の力を【天気予報】だと言っていた。

 明日の旅には便利かもしれないが、勇者としては頼りなさすぎる、と私を含めて誰もがそう思っていたに違いない。

  

 実際は半分正解で半分ハズレ。

 フォルトは天気を予想すること"も"可能だったのだ。 


「……『未来視』……それが聖剣により目覚めた力だ」


「すごいな」


「……俺の戦闘能力は歴代勇者の中で特に弱いらしいが……それでも魔物どもに殺されず、ここまで生き残れたのは【未来視】のおかげだ」


「ほう」


「……だが、お前を呼んだのはそんな話をするためじゃない……マーレのことだ」


「ん、聖女マーレか? 彼女は良い奴だな」


 フォルトは小さく頷き、胸元から小さな本を取り出した。

 黄ばんだ頁には決して綺麗とは言えない文字が並んでいる。

 そして、彼が開いた最後の頁には──


 ホブゴブリンに襲われ、死亡。

 恨みを持つ町民たちに暴行され、療養中、自決。

 最後の森でマンドラゴラに遭遇、死亡。

 四天王アッチーディアに挑み、死亡。

 アッチーディアの腹心に不意討ちされ、死亡。

 四天王オルグイに挑み、死亡。

 突如現れる魔法使いの【火球】に焼かれ、死亡。

 魔王軍による爆破攻撃により、死亡。

 魔王に挑み、死亡。


「……アイツは良い奴だが、面倒な奴でもあるんだ」


「詳しく話してくれ」


「……アイツには『死の運命』が決定付けられている……危険を避ける為に右を歩いても左を歩いても、どのみち死ぬんだ……ちょうどお前にも殺される未来があったな」

 

 フォルトがとある一文を指差す。


 ──「突如現れる魔法使いの【火球】に焼かれ、死亡」。


 【火球】は先程の戦いで私が放った魔法。

 「突如現れる魔法使い」とは私のことか。


「だが、聖女マーレは死んでいない……まさか未来を回避したとでもいうのか?」


「……察しがいいな……俺はアイツが死ぬ未来を回避し続けてきた……世間は『世界を救う旅』をしていると思っていただろうが……俺にとっては『マーレの死を回避する旅』だった……噂通り、俺は勇者なんかじゃなかったんだ」


 そう言ってフォルトは深いため息を吐いた。

 彼の醸し出す雰囲気は咎人そのもので、ようやく罪を白状し、その重みから解放されたという風だ。


 もしかしたら『未来視』の告白をするのは、私が初めてだったのかもしれない。

 オーラムの言っていた『天気予報』と言うのは、少しでも目的を邪魔されないようにする為のブラフだったのだ。


「……友を救うのも、悪いことではないだろう。無知な者からは、その、『最弱勇者だ』と糾弾されてきたのかもしれないが、救った命は少なくないはずだ」


「……マーレがお人好しだからな……最低限勇者らしい行動をしてきたが……もっと救えた命、未来はあっただろうな」


 最愛の一人を守る為に世界を犠牲にするか。

 世界を守る為に最愛の一人を犠牲にするか。


 簡単に結論を出せる者はいないだろう。

 彼は酷く悩み続けてきたに違いない。


「だが、努力の甲斐あって聖女マーレは救われるのだろう?」


「……いや、アイツの未来は魔王城で完全に事切れている……おそらく絶対の終着点なんだろう」


 フォルトが手に持っていたコインを円卓に放り投げる。

 冷たく、無造作に、まるで全てを諦めたかのように。


「では、なぜその話を私に?」


「……お前を巻き込みたくないからだ……これまで多くの同行希望者がいたが、全て断ってきた。必要なかったからな……だが、魔王城を突破するには、お前の力が必要だ」


「ほう」


「……だから魔王城までは同行してほしい……だが、それ以降はお前の自由にしてくれ……『その瞬間』がやってきた時、アイツを庇おうなんて思うな、ということだ……俺が選んだクソみたいな未来にお前が付き合う必要はない」


 フォルトは静かに言った。

 彼なりの覚悟なのだろう。


 だが、彼の言葉を、彼が背負っている責任を、やはり私では理解してやれない。


「ではフォルトよ、貴様はなぜ戦う? どうせ聖女マーレは死ぬ運命なのだろう」


「……それは……アイツを少しでも長生きさせてやる為に……」


「……違うな。お前は信じているんだ。心の何処かで『運命は変えられるはずだ』と、な」


 私は席を立った。

 そして、目の前の青年を見下ろす。


「しかし、そんな腑抜けた様子では救えるものも救えないだろう」


 そんな言葉を残し、私は「踊る仔蛇亭」を去った。

 

 去り際の暗く沈んでいたフォルトを思い出す。


 「馬鹿、か」


 自身よりも他者を、理屈よりも人情を優先する者たちのことを指したオーラムの言葉だ。

 

 私もそうありたい、と強く思った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 宿屋の扉を叩く。

 しばらくすると聖女マーレが出てきた。


「あら……フィーネ様?」


 夜更けなのにも関わらず、修道服に身を包んだままだ。 

 祈りでも捧げていたのだろうか。


「聖女マーレよ、貴様は何の為に戦う? 魔王を倒した未来で、貴様は何を願う?」


「え、えっと……わたしはこの世界が好きなんです。あとお花も好きなので、まずはこの荒れた地に花を咲かせたいです」


 首にかけた花のペンダントを握り締め、マーレは言った。


 唐突な質問だったが、素晴らしい回答をしてくれたな。

 やはり「死の運命」など似合わない。

 荒んだ大地には彼女のような「花」が必要だろう。


「では、貴様には消えてもらう」


「え──」


 私の魔法が聖女マーレを包み込んだ。

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