第5話 最弱勇者と折れた聖剣 その4 天界崩壊まであと1000年

 

 白銀の剣と黒塗りの長槍による舞闘。

 風陣の如く剣筋は、幾度となく交差し、火花を散らす。

 勇者と呼ばれた青年フォルトと、四天王最強とも謳われる悪魔オルグイ。


 その実力は──僅かに悪魔オルグイが上回っていた。


 小刻みな刺突で防御を崩してからの、大胆な突進攻撃。

 強靭な肉体と再生能力を併せ持つ魔物の特権を悪魔オルグイは存分に活かし切っていた。

 自身より一回りも大きな体躯から繰り出される突進に、フォルトは堪らず後退する。


 一対一の決闘において、後退は弱者の証であった。


「どうしたぁ? 自慢の聖剣は使わんのかぁ?」


 悪魔オルグイの煽りにフォルトは腰に携えた剣を見やる。

 金の装飾が施された白鞘に収まった聖剣は、かつての輝きを失い、使い物にならなくなっていた。


 斬れ味云々の話ではない。

 聖剣は真っ二つに折れてしまったのだ。


 鞘に収まっているのは申し訳程度に刀身が残った持ち手部分のみ。

 その片割れは同行者である僧侶マーレが保管している。


 此度の戦闘でフォルトが使用している白銀の剣は、央国エルモアの高名な刀鍛冶にこしらえてもらったものだ。

 一般的な剣としては一級品だが、天から贈物である聖剣との性能差は言うまでもないだろう。


「他の四天王を倒したとは言え、貴様だけではオレ様の相手は務まらんなぁ。そこの女もまとめてかかってこい。『勇者』と『聖女』の両首を魔王様に献上してくれるわ!」


 悪魔オルグイが叫ぶ。

 大将の覇気に呼応して、背後で犇めく千の魔物たちが喝采と怒号を響かせ大地を揺らした。

 血に飢えた魔物たちは「希望の象徴」が潰える瞬間を今か今かと待ち望んでいる。


 約四百年前の悲劇「捕食の狂宴」から憎悪を募らせ続けてきた魔物たちに遂に闇の時代が到来するのだ。


「そうはさせません…! 『天より与えられし閃光よ、その輝きを以て、闇の手を払い給え──【眩光ルフレ】』」


 マーレが唱えた光属性の初級補助魔法。

 選ばれし者のみが扱える光の力が炸裂し、戦場にいる者の視界を白一色に塗り替える。


 同時にフォルトが駆け出し、剣を振り上げながら跳躍。


「ッ──『閃光斬』!!」


 未だ悶える悪魔オルグイの首元に会心の一撃を喰らわせた。

 これまでの旅で何度も成功を収めてきた連携攻撃だ。


 しかし──


「やるじゃねえかぁ!!」


 白銀の刃はその青白い皮膚に一筋の傷を付けただけに終わった。


「……ッ!?」


「フォルト! 避けて!」


 狼狽していたところに飛び込んでくる強烈な蹴り。

 悪魔オルグイの脛は、フォルトの鳩尾みぞおちにめり込み、身体ごと吹き飛ばして、血反吐を散らした。


 マーレが回復魔法を唱えようとするが、遅い。

 とどめを刺さんとする悪魔オルグイが、長槍の穂先で天を穿つ所であった。


「噂は本当だったようだなぁ……聖剣が無ければ、貴様もただのヒューマン。光に見捨てられた虫螻は消え失せるがいい!」


「……クソッ! マーレ!! 伏せろ……!!」


「ふん……女を庇うか。馬鹿な奴だ──何ッ!?」


 長槍がフォルトの喉元を突かんとする寸前。

 ヒューマン族の希望が潰えようとした瞬間、"何か"が現れた。


 それは一瞬の煌めき。

 それは途方も無い光。

 それは万象を凌駕する圧倒的な"力"。


 ある者はただの光だと認識しただろう。

 ある者はただの熱だと認識しただろう。

 ある者はただのマナだと認識しただろう。


 だが、力を持つ者だけは理解わかっていた。

 それが全生命を蹂躙しかねない「魔法」だということを。 

 

「『熱き炎よ、灼熱の痛みを集め、敵を撃ち焦がせ──【火球ファイアボール】』」


 太陽の如き熱量を持った巨大な火球。

 それは熱波を放ちながら猛進、猛進、猛進。

 そして、弾道上にいた全ての魔物を焼き尽くした。


 四天王オルグイ、もとい消し炭が荒野に舞う。

 恐ろしいほどの静寂の中、一人の魔法使いが降り立った。


「至高の魔術師フィーネ!! ここに降臨!!」


 魔法使いこと私は片方の瞳を右手で覆い隠し、その逆側に左手を伸ばした渾身の決めポーズを取る。

 

 ……完璧だ。


 この私の勇姿に、獅子奮迅の活躍に、一騎当千、疾風怒濤、勇往邁進、国士無双、九蓮宝燈のカッコよさに皆がポカンと口を開き、見惚れているではないか。


 魔王軍の方では、初級魔法がどうとか、バケモノがどうとか、戯言も聞こえてくるが、その大半は私に忠誠を誓い始めているに違いない。


 闇の眷属すらも虜にしてしまう我が魔法。

 史上最強にして世界の救世主に相応しい立ち振る舞い。


 クックック……今更ながら自分の力が恐ろしい。

 

「嘘……ですよね……?」


 呆然とする僧侶マーレ。

 金色の長髪を乱し、碧眼をまん丸にしている。

 荒い呼吸のついでに大きな胸も弾ませていた。

 中々にしてデカい。

 その胸で「聖女」というのは無理があるように感じるぞ。


 そして、聖女の横で私を睨む勇者フォルト。

 やや長身で無造作に伸びた黒髪から覗かせる薄茶色の瞳からは「平凡」の二文字が伝わってくるようだ。

 だが、腐っても勇者。

 彼の保有するマナ量はそこら辺のヒューマンを遥かに凌ぎ、鉄装備の上からでも分かるほどの引き締まった肉体を携えている。


 流石は生の始天使リサウェル・デア・リヴだな。

 輪廻の輪に光の血脈を加えた「超転生」の産物はいつ見ても美しい。


「探していたぞ、勇者よ。私とともに魔王討伐へ向かおうではないか。今こそ世界に光を取り戻す時!!」


「……お前は味方なのか?」


「うむ! 私は基本的にヒューマンの味方だぞ! 魔法をよく使ってくれるしな!」


「え、えっと……状況が上手く飲み込めないのですが……フィーネ様はわたしたちの旅に同行して下さる、ということですか?」


 その問いに強く頷くと、マーレは顔を綻ばせた。

 さながら荒野に咲く花のようだ。

 先程までの困り眉と見比べて、笑顔の方がよく似合う人だな、と感想を抱く。

 

 反対にフォルトの方は不満があるようだった。

 警戒を解くことなく、白銀の剣を強く握り締めている。

 マーレに「強力な助っ人ですよ」と話しかけられても、無言を貫き続けていた。

 

 この場合はマーレの方が特殊なのだろうな。

 司教すら嘘を吐くような戦火中において、見ず知らずの人間を簡単に信用するべきではない。

 例えそれが至高の魔術師であってもだ。


 だからこそ私は信用獲得の為、詳しく説明しなければならないのだろうが、上手く言葉が見つからない。

 やはり私は人と話すのは苦手らしい。

 詠唱ならば湧水の如く思い浮かぶのだがな。


「では行くぞ! 魔王城へ!」


「……待て。アイツらはどうするつもりだ」


 魔導書を開き、詠唱を口に含んだところで制止される。

 フォルトが指差す先には、将軍と軍勢の半分を一瞬で失って狼狽えている魔王軍がいた。

 

「ああ、そういえばそうだったな」

 

 私は三角帽子の星屑に触れて【気配探知】を発動させる。

 範囲は「大陸全土」、対象は「全生命」だ。


 私が指を鳴らすと、マナを感知する波が広がっていく。

 寸刻経たないうちに、全生物数を把握した。


「これ以上、魔物を殺すと……たぶん、マズい。管理者的に。だから奴らは無視、魔王を討つのが先決だ。主を失えば闇の眷属たちは野を彷徨うだろう」


「お言葉ですが、フィーネ様。魔王の棲む城へ向かうには、彼らのいる方へ進まねばなりませんが……」


「それには及ばぬ。【転移】でひとっ飛びだからな! 暫し待たれよ!」


「……待て!」


「む……また我が詠唱を邪魔するというのか! 一番いい所なんだぞ!」


 魔法発動において最も快楽を伴うのは実は詠唱部分なのだ。

 素人は発射後の良し悪しを気にするのだろうがな。

 私レベルになると前戯こそが正義だと気が付く。

 最高の前戯が、最高の発射を生むのだ。


 つまり、何が言いたいかと言うと、魔法は最高だ。


「腹が減った。マーレがな」


「えっ!」


 フォルトが指を差し、マーレが跳ねる。

 目を丸くして華奢な肩を上げた姿はまるで小動物のようだ。


「むう、それは仕方がないな」


「わ、わたしは別に──」


「【エンドフィート村】に寄らせてくれ」


「良いだろう……私も食いしん坊には覚えがあるからな」


「ええっ!?」


 こうして一度【エンドフィート村】に戻ることとなった。

 満腹だろうが空腹だろうが我々の勝利が揺るぐことはないが、魔王は逃げないだろうし、そう急くこともないだろう。

 腹が減ってはなんとやら、と下界の言葉があるしな。


 だが……私も食べさせてもらえるだろうか。

 恥ずかしながら私はヒューマンの料理というものを食べたことがない。

 そもそも食事を摂る必要が無いからな。


 ちょっとだけお願いしてみるか。

 俗世の欲を知ることは禁止されているのだが。

 ちょっとだけならいいよね。


 背後で何かが爆ぜるような音がしたが、料理に興味津々だった私が振り向くことはなかった。


 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 魔王城前の荒野。

 敵にも味方にも、物語にさえ置いてけぼりにされた魔王軍の後方支援部隊。

 そこにはゴブリンとスライムが呆然と立ち尽くしていた。


「さっきの見た?」


「ウン」


「オマエ、【火球】使えたよな?」


「ぷるぷる、ぷる(【火球】)!」


 スライムの口から火球が飛ぶ。

 しかし、目の前の草紐を燃やすだけだった。


「まあソレが普通だよな」


「ウン」


「アイツはナニモンだ? 悪魔か?」


「ウーン」


「ていうか、なんか焦げ臭くね?」


「……ア」


「ん? ……あ」


 二匹の前でチリチリと燃える草紐。

 それはただの草紐ではなく、投擲武器として後方支援部隊に用意されていた樽爆弾の導火線であった。


 四体のゴーレムが引く荷車に山盛りの樽爆弾。

 ヒューマンの国一つは滅ぼせる火力がある、と将軍オルグイが仰々しく言っていたものだ。


「……オマエ、やりやがったな」


「……ゴメン」


「あーあ、来世はヒューマンに生まれてーな……」


「……ウマレテーナ」


 その日に出来た爆発跡は「魔王戦争の謎」として後世に語り継がれていくのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



備考

火球ファイア・ボール

「熱き炎よ、灼熱の痛みを集め、敵を撃ち焦がせ」


炎を、熱情を、決意を掻き集めよ。

己の道を邪魔する者に向けて、その全てを放つのだ。


概要

・火属性の初級攻撃魔法。

 火属性の攻撃魔法を習得したいのならば、最初に習得することを推奨する。

・火力はマナ量と魔力、そして技術に依存する。

 火の攻撃魔法に関しては、通常この魔法だけで充分である。


発動手順

一、詠唱を開始せよ。

二、マナを顕現箇所に集中させ、火へ変換させよ。

三、火の顕現を確認したら、そのまま増幅、維持に努めよ。

  暴発に十分注意し、火を球体に纏めよ。

四、満足な質量を確保出来たら、軌道をイメージしながら心のままに放出せよ。

  この際、狙うべき対象を強く意識すること。

  

出典

偉大なる魔術師フィーネ「火の魔導書〜初級魔法〜上巻」, p.11.

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