第4話 最弱勇者と折れた聖剣 その3 天界崩壊はまであと1000年


 魔王軍の進軍。

 絶望的な状況に固唾を呑むゴルドとオーラム。

 凍りついたような時間の中で先に冷静さを取り戻したのはオーラムの方だった。


「……ゴルド、手筈通りに皆をここへ避難させよう。魔物は一旦罠に任せて、俺たちは誘導に専念するんだ」


 オーラムの的確な指示にようやく我に返ったゴルドも、覚悟を決めたように頷いて教会を飛び出して行った。



 唐突に【エンドフィート村】を襲った恐怖と絶望。

 それでも村人たちは狂乱に陥ることなく、オーラムとゴルドの冷静な誘導の下、教会に集まった。


 皆、なんとなく覚悟していたのだろう。

 年端も行かぬ少女ですら黙って祈りを捧げている始末だ。


 健気な連中だな、と感想を抱く。


 おそらく魔王軍の目的は彼らではない。

 勇者の首か、央国の支配、いや、下界征服くらいは考えているかもしれない。

 そんな魔王軍にとってここはただの通り道だ。


 だからといって村人たちを見逃してはくれないだろう。

 この大地に生きる魔物は例外なく、他種族に対して強い敵意と食欲を抱いている。

 もうしばらく経てば、村人はつまみ食いの感覚で蹂躙され、神聖だった教会は血の海に溺れることになる。


 長椅子に座りながら最悪の未来を思い描く。

 肩を竦め、膝を閉じて、こじんまりと。

 椅子に座るときは常に足を組み、ふんぞり返るのがモットーであるこの私が。


 ううむ、と唸り続けていると、肩を軽く突かれた。

 隣で祈りを捧げていた例の少女だ。


「きれいなお姉ちゃん、どこから来たの?」


「む……私は……遠い所から来たんだ」


「そっか。でも、だいじょうぶだよ。天使さまがきっと助けてくれるから」


 少女が笑う。

 私を励ましているつもりなのだろうが、説得力が無かった。

 その大きな瞳にはあからさまな不安が揺れ動いており、小さな手は小刻みに震えていたからだ。


 そんな少女に教えるべきだろうか。

 天使様はとっくに到着している、と。

 そして、無様にも行動を起こせないでいることを。


 どうか私を責めないでくれ。

 か弱き少女の祈りを前にして尚、私が座り込んでいる理由は「天使法」のせいなのだ。


 詳細は忘れてしまったが、二十を超える命を救う場合には申請が必要だったはずで、認可には最低半日かかる。

 加えて、世界樹の逆襲の折にも問題となった話だが、一つの種を贔屓するのは世界の管理者の目線からすれば"正しい"行いではないとされている。

 ヒューマンは決して善とは限らないのだ。


 「光臨」発令中であれば例に漏れるかもと一瞬考えたが、任務を託されたのは私であり、結局どうしていいか分からないので答えは得られぬままだ。


 それに此度の私の目的は魔王の排除。

 ここにいる村人たちを救うことではない。

 もどかしいが、それがルールなのだ。


 というわけで少女の祈りは天界には届かない。

 仮に届くとしても「輪廻の大審判」の際だろうな。


「……健気な少女よ、来世は……いや、何か願いはあるか?」


「え? えっと、天使さまに会ってみたいな。わたし、まだ見たことがないから」


「……天使がそんなに大事か?」


「うん! 天使さまはすごいんだよ。わたしたちが困っているときはぜったいに助けてくれるんだって。どんなわるい人にもぜったいに負けないんだって」


 無邪気な笑顔で天使を語る少女。

 だが、彼女の言う天使はおそらく「使徒天使」のことだろう。

 地の民の為に身を粉にして働く使徒天使と、世界を管理する我々始天使の役割は似ているようで違う。


 私は天使だが、人の助け方を知らん。

 どうか諦めてくれ。

 

 そう言いかけた所で、空に閃光が走った。

 次に何かが落下したような衝撃音がして、空気が揺れた

 "その存在"に気が付いた村人たちは顔を上げ──


「おお……勇者だ……」


「来てくれたんだ……」


 と声が上がった。

 残念ながら歓声とは程遠い声量であったが、それでも希望を持たせることに成功しているのは村人の表情から感じ取れた。


 私はようやく席を立ち、扉の前で顔を突き合わせて話す青年二人の下へ向かった。


「今の光は?」


「──ああ、多分、聖剣の光だ」


「希望の象徴ってやつだぜ」


 ゴルドが「希望」と言ったが、表情が伴っていない。

 むしろ絶望しているように見えた。

 現代勇者が「最弱」と言われていることが所以だろうか。


「君はすぐに逃げた方がいい。今ならまだ間に合うはずだ」


「アンタが逃げても、オレたちは恨んだりしないぜ。こんな世の中だ。自分の命を最優先、がルールだぜ!」


「……では、二人はどうするのだ?」


「俺たちは様子を見てくるよ」


「逃げ遅れた奴がいるかもしれないしな」


 オーラムは鼻を擦り、ゴルドは視線を逸らした。

 下界の本で読んだ典型的な嘘つきの仕草だ。

 彼らの言動を理解できず、私は眉を顰める。


「勇者の元へ行くつもりなのだろう。だが何故だ? 勇者が来たならば、その間に逃げれば良い」


「……いや、そうはいかないんだ」


「魔王軍を率いてる四天王オルグイってやつに、勇者は二度も敗れている。このままじゃ……アイツは死んじまうんだ」


「だからといって貴様らが行って何になる。死人が増えるだけだぞ」


 そう告げると、二人は一瞬怒ったような表情になった。

 そして何か言い返そうと何度か口を開けたり閉めたりしていたが、ついに言葉が出てくることはなかった。

 

 慣れない口論になるかと身構えていた私は密かに安堵する。

 喧嘩は苦手、というか怖い。

 

 しばらくの沈黙の後、オーラムが静かに語り始めた。


「勇者は……いや、アイツは俺たちの友達なんだ。小さい頃から一緒に遊んで、馬鹿をやって……別れ方は最悪だったけど、今でも大事な家族みたいに思ってる」


「アイツとは違って、オレたちは弱い。だが、だからこそ、友を見捨てることはできねえ。お嬢ちゃん分かってくれ」


 二人は頷き合い、扉に手をかけた。

 その先にあるのは無意味な死だけであるのに。


 やはり私は彼らに疑問を抱くばかりだ。


「ゴルドよ、先程は『自分の命を最優先、がルール』と言っていたな。矛盾しているぞ」


「確かに言ったが、ルールばかりが人生じゃないだろ?」


「……だが、その人生が終わるのだぞ」


「そうかもしれねえが……友のために命を落とすなんて、カッコいいじゃねえか」


「はは……俺たちも最期くらいカッコつけたいのさ。理屈や道理じゃない、ロマンってやつかな。俺たち、揃いも揃って馬鹿なんだよ」


 その言葉に私は愕然とした。

 なんと愚かな。

 そして、なんと素晴らしき生き物なのだろう。


 ようやく決心がついたぞ。

 心に渦巻く雨雲が晴れたようだ。

 私を縛り付けていたのはルールではない。

 動けぬことをルールのせいにしていた私自身だったのだな。


「オーラム、ゴルドよ、ここは私に任せてくれ」


「「は?」」


「ククク……ちょうど掟や戒律に腹が立っていた所だったのだ。この始天使……いや、崇高なる魔術師フィーネが全てを蹂躙してやろう……!」


 私の言葉に何かを察した二人が顔を青褪めさせる。


「待て、無理だ!」


「アイツらはただの魔物じゃねえぞ。そもそもオマエさんまともに戦えるのか!?」


「安心しろ……魔法には少しばかり自信があるのでな……!」


 私は扉を力強く押し開けた。

 ここから私の伝説が始まるのだと、胸が高鳴る。


 教会から出て暗雲立ち込める空の下、「星屑宿る三角帽子」のつばに触れ、星座を反転させた。

 「七つ魔法」のうち【遠見ウィデーレ・ロンゲス】を発動。

 座標を魔王軍と勇者が戦う荒野に指定する。


 ──瞳に映ったのは、長槍を振り回す悪魔と歯噛みしながら防戦する青年、そして彼らを見守る修道服を身に纏った女。


「どうした! 恐怖が剣筋に現れているぞ!」


「っ……あの魔法使いが来る前に……お前を殺さなければ……!」


「フォルト、危ないッ!」


 白い刃が閃いた所で、私は瞳を閉じる。

 なかなか面白いことになっているようだ。 

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