第3話 最弱勇者と折れた聖剣 その2 天界崩壊まであと1000年
人々から忘れ去られた場所、【エンドフィート村】。
そこに住む青年オーラムとゴルドを何とか説得して、私は教会にお邪魔することになった。
オレンジ色に染まった装飾ガラス。
入り口から続く赤絨毯と跪くように並べられた長椅子。
その終点には、慈愛に満ちた女神像を中央に、祈りを捧げる八つの天使像が立っていた。
左から「星々」、「重力」、「捕食」、「感情」、女神デア様を挟んで「自然」、「生」、「死」、「魔法」を司る始天使たちだ。
当人による素直な評価としては、それぞれの容姿を的確に再現していると言えよう。
ただ一つ「
偶像崇拝など望んでいない、と斜に構えつつも、やはり気になってしまう自身の天使像はローブを着込んでおり、顔はフードによって隠されていた。
一人だけ悪役のような風貌である。
おそらく世界の誰も私の顔を知らなかったのだろうな。
これが長年引きこもっていた弊害か。
まあ良いだろう……真の強者は簡単に素性を明かさないもの。
不満など無い。
生活に欠かせない「魔法」を管理しているのにあまり感謝されず、詠唱が難解すぎると嘆息を漏らされ、「信仰度」に関しても始天使最下位……でも、悲しくなんかないもん。
私の良さは私が一番知ってるもん。
──なにはともあれ、この教会は村人たちが懸命に守ってきた場所に違いない。
荒廃した村の教会だとは思えないほど、中は美しかった。
悲痛と反省もほどほどに、私は長椅子に腰掛けて青年オーラムとゴルドの話を聞く。
「ここなら安全だ」と言う彼らは、この村で自警団をやっていたという。
「さっきは悪かった。旅人が来るなんて初めてだったんだ」
「オレからも謝らせてくれ。普通に撃っちまったが、本当に怪我はねえのか?」
「大丈夫だ! 鉄鏃如きで傷付く身体ではないからな。それよりもさっそく勇者の話を聞かせて欲しい」
そう言うと、彼らの表情が変わった。
勇者を探していると伝えた時と同じ。
苦しそう、とでも言おうか。
教会にノコノコやってきて、名も無き使徒天使に懺悔を吐露するヒューマンたちの表情にそっくりだ。
「どこから話せばいいのかな。そもそもアイツ……いや、勇者のことはどこまで知ってるんだ? 力とか故郷のことは?」
「いや、全く知らん!」
私は自信満々に答えた。
当然だろう。
私は魔法のことにしか興味が無いからな。
それに勇者と言われてもさほど特別感は覚えない。
かれこれ数十人も目にしてきたからだ。
五十年ほどで寿命を迎えるヒューマンからすれば稀有な存在なのかもしれないが、永遠の時を生きる我々天使にとっては勇者の登場など日常茶飯事だ。
「全く知らんって、今どき珍しい」
「くくく……私は特別な存在だからな……!」
「自慢げに言ってるけどよ、つまり何も知らずに勇者を探してたってことじゃねえか?」
「ぐ……」
「まあ、それならここに来たのは正解だったかも」
「じゃあオーラム、説明してやれよ。オレは外を見てくるぜ」
ゴルドが長弓を持ち反対側の席を立つ。
大柄で筋肉質な見かけによらず、静かな足取りでその場を去っていった。
「悪いな、昔からアイツはジッとしていられない質なんだ」
「弓を操るのにか?」
「うん……笑えるよな。馬鹿なんだよ」
罵倒する言葉に反してオーラムは目元を緩ませた。
彼の目尻に刻まれた笑い皺が更に深くなる。
オーラムとゴルドは馴染みの友なのだろうな。
お互いに信頼しきっているのが雰囲気から伝わってくる。
おかげで、こちらの緊迫感も少しばかり和らいだようだ。
「さて、勇者の話だったな。俺も村の外のことは詳しいわけじゃないんだがそれでもいいかい?」
「うむ! 何でも大歓迎だ!」
私が答えると、オーラムは姿勢を正して話し始めた。
「じゃあ……まず勇者が聖剣に選ばれし者だってのはさすがに知ってるだろ。今まで何人もの勇者が誕生し、世界を救ってきたと言われてる」
「それは知ってるぞ! 大洪水や暴走する世界樹から天使と共に世界を守ってくれた」
「ん? まあそう……かな? その辺まで来ると、もはや伝承や創作の域な気がするけど」
「いや──」
創作などではないぞ。
と心の中で呟く。
大陸ごと呑み込まんとする大洪水に世界樹の逆襲。
かつて下界を襲った大災害を私は懐かしく思った。
ちょうど目の前に犯人の像が立っていたのも相まって、当時の混沌に満ちた情景が昨日のことのように思い出せる。
大洪水は「星々の始天使」のミスだった。
そこの天使像だと左端の、髪を二つに結んだ小柄な女だ。
彼女がうっかり七の段の掛け算を間違えた結果、小さい方の月の軌道がズレて大津波を引き起こしたのだ。
次に世界樹の逆襲は、「自然の始天使」の優しさが生んだもの。
女神像の右横で母性溢れる微笑みを湛えている女だな。
彼女がヒューマンに肩入れしすぎた結果、自然の枯死が相次ぎ、世界樹の意志の下、反乱を起こされたのだ。
あの時、命を落とした地の民の皆様。
始天使を代表して謝罪申し上げます。
私たちはまだ未熟だったのです。
「輪廻の大審判」にて、その血族にはちょっとした恩恵が与えられるようになっているはずなので、どうかお赦し下さい。
「──どうかしたか?」
「いや、何でもない。続けてくれ」
「あ、ああ。それで歴代勇者ってのはやっぱり強かったらしいんだ。それこそ天使様と肩を並べるほどにな。でも、現代の勇者はそうじゃない……世間からなんて呼ばれてるか知ってるか?」
オーラムが訊ねてくる。
私が首を振ると、目を伏せてからボソリと呟いた。
「『最弱勇者』……歴代で最も弱い勇者だと」
「そんなに弱いのか?」
「世間一般では、勇者には聖剣と共に固有能力が与えられると言われてる。超人的な剣術なんかは平凡な方で、物体を加速させる力だとか相手の思考を読む力ってのもあったらしい。だが……」
「だが?」
「現代勇者の力は『天気予報』なんだ」
「て、天気予報?」
思わず長椅子から転げ落ちそうになる。
馬鹿を言うんじゃない、と。
天候など、私にかかれば自在に操作可能だぞ。
彼の勇者に矮小な力を与えた天使はどこのどいつだ。
そんな私の反応を見て、オーラムはニヤリと笑った。
「昔から勘の鋭い奴でさ──」
と語り始めたオーラムを轟音が遮った。
カンカンカン、と甲高く響く鐘の音。
建物の中にいるのにも関わらず耳を覆いたくなるほどの大きさだ。
何事かと思い、横を見ると更にギョッとさせられた。
オーラムの顔が死人と見紛うほど青ざめていたのだ。
大丈夫か、と声を掛ける間もなく教会の扉が開け放たれた。
夕闇と共に現れたのはゴルドだった。
こちらも同様に顔面蒼白である。
「はあ……っ……魔王軍が攻めてきたぞ……!」
荒い呼吸とともに発せられたゴルドの一言は、周囲の空気を一瞬で凍りつかせた。
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