第2話 王命

 黒塗りの車体、磨かれた金具。そして扉に刻まれた紋章。

 使用人の誰かが、小さく息を呑む音がした。


「王家のお使いが」

「正規の使者のお姿よ」

「旦那様がいらっしゃらないのに」

「いったい何事?」


 様々な囁きが、波のように屋敷の中を走った。


 応接室に案内された使者と向き合う義母とクラリス。


 この家の女主人と娘、の姿そのもの。


 そして、お茶を注ぐのは、メイド服を着た私。


 儀礼的な挨拶が交わされ、紅茶が出される。義母は笑顔を作り、クラリスは胸を張って座った。


「奥様と、ご令嬢でいらっしゃいますね?」


 使者は型どおり、あらためて確認した。


「はい。アルベルト・ヴァルツ伯爵家が当主、アルベルトの妻である私がオデット・ヴァルツでございます」


 スラスラと答えて一礼した後「そして、我が娘でございます」と頭を下げる。


 名前を言わないのは、わざとに決まっている。私へのいじわるのつもりだ。


 義母は、私の名前を口にしない。私を「娘」に数えるのは、都合が悪いのだ。けれども、王家に「娘を偽る」ことはできないと考えた結果だろう。


 娘の名前さえ出さなければ、この場には確かに「伯爵家の娘」がいることになるのだから。


「よろしい。それでは、王家からの言葉をお伝えしますぞ」


 その沈黙だけが、妙に長く感じた。


 義母が一瞬で背筋を伸ばし、髪を整えた。

 クラリスの表情がぱっと明るくなり、次いで、ふっと陰る。


 まるで嬉しい知らせと怖い知らせが同じ箱に入っていると知ってしまった顔だった。


 使者が、淡々と告げた。


「アウレリア王家より、ヴァルツ伯爵家へ通達する」


 一拍置いてから、使者は笑顔を作って申し渡してきた。


「カシアン・アルヴェイン侯爵より、婚姻の正式な申し入れがあり——王家が仲介することといたしました」


 その瞬間、空気が凍りついた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

読んでくださってありがとうございます。

第2話では、「選ばれる側であること」の残酷さを描きました。

エレーナ自身は、まだ何も選べていません。

次話で、彼女の人生は取り返しのつかない方向へ進みます。

けれどそれは、同時に“始まり”でもあります。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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