第3話 少し、スターになる


「青木陽ちゃんの弾き語り、良すぎる!」


 弾き語りを始めてしばらく経ち、徐々に青木の歌を聞いてくれる人が多くなってきた。元々知名度のある大木がプロデュースしている事もあり、青木の演奏・歌唱の拙さが逆に「個性」として受け入れられたようで、SNSは好意的な書き込みで溢れていた。


 しかし、スクロールをすれば嫌な書き込みなんてのはすぐに見つかる。


「はぇー、今時こんな素人でもプロデュースしてもらえるんや」

「普通に不快 このご時世に不謹慎じゃない?」

「この子高校で相当ビッチだったらしい!作品はコチラ→」


「―作品出してねえよ、黙ってろカスどもッ!」


 青木は画面に怒鳴りつけた。当然気が晴れるはずもなく、青木はやり切れない思いと共にスマホをソファに投げつけた。


「青木ッ!何練習サボってんだ、出番もうすぐだぞッ!」


 楽屋のドアから大木が怒鳴りながら入って来た。大木が全国の音楽関係者にツテを持っていた事もあって、活動の場は路上からライブ会場へと変わって行っていた。


「大木さん、こいつら酷いんだよ⁉人の事勝手にビッチとか言ってさ……」

「知るか、嫌な気持ちになるんだったら見るな!それより……」

「はいはい、歌唱に集中しろ、でしょ?全く、寄り添ってくれないんだから……」


 青木は楽屋から出て、ステージ袖に向かう。


「今日も最高のステージにするからさ、見ててよ」


 自慢げにそう言った後、青木は光と歓声の中に包まれていった。


    ◇◇


「……なにが、最高のステージだ!ゴミみたいな演奏しやがって!」


 ライブが終わった後、休んでいる青木を大木が怒鳴りつけた。


「……お客さんは喜んでたじゃない。今日はピッチも安定してたし、声量も申し分なかったでしょ」

「違う!俺がお前に求めているのはそんな事じゃない!」

「歌ってのは魂だ、心だ!今のお前の歌は心に響かないんだよ!」


 喚き散らかす大木に、青木はため息を吐いた。


「……もういい!」


 大木はそう言って楽屋を出た。青木の後方で勢いよく何個ものドアが閉まっていく音が聞こえた。



    ◇◇


 名古屋駅構内、金時計の前につめかけた青木のファンは優に300を超え、中には県外から聴きに来た者もいた。青木が歌を歌えば、その度に歓声が沸き起こる。しかしー大木はというと、いつに増してつまらなそうにそっぽを向いていた。


 また、私の歌を聴いていない。

 私が何のために歌を歌っているのかも知らないで。誰に認めてもらいたくて歌っているのかも知らないで。


 多くの歓声に包まれているにも関わらず、青木はひどく孤独を感じた。その孤独の正体が、埋め方が、どうしても青木には分からない。


「……みんな、突然だけど、今日はここでライブを終わらせてもらいます!今日は本当にありがとー!」


 えーっという声が上がる。青木は観客にぺこりと頭を下げ、観客を背にして出口に向かった。その後ろをすぐに大木が追いかける。


「おいッ⁉まだ曲が残ってるだろ!何で……」


 大木の手を、青木が強く振り払う。


「うるさい!どうせ私の歌なんか、聴いてくれてないんでしょ⁉だったら文句言わないでよ!」

「お前……!」


 その時だった。


「陽!」


 青木が勢いよく顔を上げる。聞き覚えのある声、そしてー一番聞きたくなかった声。


 母親だった。後ろに父親もいる。


「陽じゃない!ああ心配した!こんなところにいたのね……!」

「……帰ろう、陽。お父さんとお母さんな、ずっと陽と会いたかったんだ。」


 母親と父親が青木ににじり寄り、やがて優しく抱きしめる。


「おい、あんたらー」

「犯罪者は黙ってて!」


 母親が甲高い声を張り上げ、大木が思わず黙り込む。

 やがて警察のサイレンの音が聞こえ、パトカーが到着した。激しく光る赤色の光に照らされ、何人か捜査官が下りてくる。


「……午後7時19分。未成年略取の罪で現行犯逮捕する。」


 警察官が令状を掲げ、大木に近づく。


「大木さん!」


 青木が両親の手を振りほどき、大木の手を掴んで走り出した。


「待て!」

 

 警察官がその後を追いかける。大木と青木は名古屋駅の構内を走り抜け、反対側のロータリーにに停めてあった車に乗り込んだ。


「折角ここまで来たんだ!刑務所になんか入ってたまるか……!」



 車はそのままパトカーを振り切り、誰もいないひっそりとした山奥に辿り着いた。大木らは一旦車を止め、寂れた自販機でコーヒーを買った後、少し休憩をした。


 二人はため息を吐く。そのうちに、青木がうつらうつらとし始めた。どうやら先程前の逃亡劇と、ここ最近のライブ活動によって疲労がたまっていたようだった。大木は青木を担ぎ、座席に寝かしつける。


 大木は車の運転席に座り、これからの事を考えた。このまま逃げおおせたとして、そもそも俺達は音楽活動を続けることができるだろうか?


「大木さん……」

「私、まだ歌っていられるよね?」



 ーその答えを、大木は与えてやることができなかった。

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