第2話 歌う理由

 宮城県、仙台駅の駅前。その路上で歌う青木に向かって、大木は罵倒を浴びせ続けていた。


「声が細ぇんだよタコッ‼小鳥がさえずってんのか、あぁッ⁉」


 通る人々が気まずそうに二人を見ては、遠ざかっていく。青木はついに我慢の限界に達し、歌を止めて大木に向かっていった。


「黙れクソジジイッ‼どの立場からモノ言ってんだ、この誘拐犯めッ!」


 吉祥寺で大木に見つかった後、青木はプロデュースを断るタイミングも与えられず、車で各地を連れ回されては、先々で路上ライブをやらされていた。


「吉祥寺で歌ってたお前はな、随分マシな歌声をしてたぞ⁉声も張れてたし、下手くそだが自信があった!」

「……それは、だって、あそこには誰もいないと思ってたし…」


「それが甘ぇつってんだよ!お前は「不味いですけど、食べてくれませんか……?」って言いながら出された料理を食いたいと思うのか⁉思わないだろ⁉」

「不味い料理を、「最高の作品です」と胸を張ってお出しする!それがお前らアーティストの仕事だよ!分かったら大口開けて歌えや、ブス!」


 大木の言っている内容が正論だということは、青木にもはっきり分かっている。しかしその指摘をまっすぐに受け入れるには、青木の不満は募りすぎていた。


「訳分かんない。急に銃突きつけられて、歌えって言われて、ブスって言われて……」

「私、別に東京ドームになんか立ちたくなんかないよ!」


 青木は持っていたギターを地面に叩きつけ、そのまま高架下へと走っていった。後ろから大木が追いかける。


「東京ドーム立ちてえなら、てめえが歌えや!てめえの力で立てや!できねえからプロデューサーやってんだろ⁉」

「負け犬は負け犬らしく犬小屋の中で引きこもってろ!人に夢を押し付けておきながら偉そうに講釈垂れてんじゃねえ、バー―カッッ!」


 青木は改札を超えて電車に飛び乗った。大木が追いついた瞬間、プシューッという音を鳴らしながら電車のドアが閉まった。


 動き出す電車に合わせて走る大木を、青木は舌を出して煽った。青木は電車内にへたり込み、やがてポケットから財布を取り出す。入っている金は3000円と少し。


「どこまで連れて来てんだよ、馬鹿ジジイ……」

「あの……」


 声が頭上から降ってきて、青木は上を見上げた。

 20代くらいの女性が、心配そうに青木をみつめていた。その両手は膨らんだお腹を支えている。


「さっき駅前で歌ってた子だよね……?」


 彼女に促されて、青木は二つのシートが向かい合った席に座った。宮城市内を抜け、電車は長いトンネルに入る。女性の名前は小雪と言い、山形の実家へ向かう途中という事だった。小雪に尋ねられ、青木は事の顛末を話した。


「……そうだったんだ。だからあんなに喧嘩してたんだね」

「はい。……でも、もういいんです。」


「私は、ただ自分のために歌っていたかっただけ。別にミュージシャンになんかなりたいと思ったこともないし、なれるとも思ってない。」

「……そっか。」


 小雪は少し寂し気にそう言った後、再び窓の外を見た。


「……赤ちゃん、お腹にいるんですか?」


 沈黙に耐えかね、青木が気まずそうに尋ねると、小雪はふふっと柔らかく笑った。


「今6か月目。……なんだけどね。」


 小雪が寂し気な表情に変わった理由を、青木はすぐに理解した。


「生んで苦しい思いをさせるぐらいなら、いっそ堕ろしてしまえ、とお義母さんや夫には言われたけど……でも、子供を持つのはずっと夢だったから」


 青木は何も言えなかった。彼女の親や夫の気持ちも理解できるし、彼女の気持ちも分かる。だからこそ、何を言えばいい分からず、青木は俯いた。


「……触ってみる?」


 小雪に促され、青木小雪のお腹に手を当てた。じんわりとした温かさが手に伝わり、青木の顔が綻ぶ。それを見て、小雪も笑った。


「……生きてるのよ、この子。それでいいじゃない?ねえ……」


 小雪の目から涙が溢れ出す。ごめんなさいね、と言った後、小雪は席を立ち、車両の後方にあるトイレに入った。


 電車は山の中を抜け、山形県に入る。雪に覆われた町は見るからに寒そうで、電車の中のガラス窓が熱気で曇り始めていた。


 やがて小雪はトイレから出てきて、次の駅で降りると言った。


「あなたは山形まで行きなさい。そしたらそのプロデューサーさんに拾ってもらえるだろうから」

「……え?」


 電車が止まり、ドアが開く。駅のホームに降り立った小雪に青木も続こうと思ったが、それを小雪は制した。


「あなたは歌うべきよ、陽ちゃん」

「何で、そんな事……」


 電車のドアが閉まるその直前、小雪は笑顔になった。


「陽ちゃんの歌、良かったから。沢山の人に聴いてほしい」


     ◇◇



山形駅の改札の前に、大木は待っていた。


「遅かったな」

「……なんで先に着いてるのよ」

「山形―仙台間は電車より車の方が早い。……さ、次の町へいくぞ」

「待って」


 歩き出す大木を、青木は呼び止めた。


「……何で私を選んだの?それだけ教えて」


大木は青木に顔を向けないまま、何の迷いもなく答えた。




「お前があそこで歌っていた。―ただそれだけだ」


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