第5話 裏切りの代償
凛は、優斗と話したいと思い続けていた。
連絡先はすべて断たれている。
それでも諦めきれず、共通の知人、先輩、後輩――
あらゆる伝手を辿った。
誰もが口を揃えて言う。
「優斗に今さら、何を話すんだよ?」
「あんたに裏切られたんだよ?何をいまさら?」
蔑むような眼を向けられても、それでも凛は探した。
鏡に映る自分は、
かつての清楚な凛ではなかった。
頬はこけ、目の下には隈。
整えられていた髪は、ただ長いだけ。
表情から、光が消えていた。
ブランドのバッグはもうない。
残っているのは、後悔と借金だけ。
ようやく、優斗の居所がわかった。
夜。
彼のアパートの前。
凛は、何時間も待った。
寒さも、時間も、何も感じなかった。
やがて、足音。
優斗だった。
一瞬、視線が交わる。
凛は、息を詰めて口を開いた。
「・・・優斗」
優斗は、立ち止まらなかった。
じゃまなゴミをどかすかのような目で凛を見た。
「帰れ」
それだけだった。
凛は、震える声で言う。
「お願い。少しでいいから話を――」
優斗は、振り返った。
けれど、その目にあったのは、
怒りでも憎しみでもない。
完全な無関心だった。
「話すことはない」
「俺は、あの時、全部言ったはずだ」
「俺の言葉を信じなかったのは、お前だ。だから話すことは無い。帰れ!」
凛は、膝が崩れそうになる。
それでも「私が・・・間違ってたの・・・」
「・・・それで?」
優斗は、淡々と続ける。
「俺はお前を助け出そうとしたけど、お前は、それを拒んだよな?」
「だから、もう俺に出来ることはないと思った。それだけだ」
「・・・凛」
「優斗・・・」
「お前の顔を見たくない。帰れ!」
言い訳も、罵倒もない。
終わらせるための言葉だった。
優斗は、鍵を開け、
振り返らずにドアを閉めた。
残された凛は、その場に立ち尽くすしかなかった。
声を上げて泣くこともできない。
自分で壊したものの前で、
ただ、呼吸をするしかなかった。
それからの凛は、静かだった。
派手な服は着なくなり、ジャージ姿で毎日を過ごしている
髪も短く切った。理由を説明する相手もいない。
大学は休学し、生活費と借金返済のためアルバイトを始めた。
レジ打ち、品出し、近所のスーパーでは顔が知られているから
すこし離れた場所のコンビニで。
苦労して大学に行かせてくれた両親のもとに帰ることもできない。
誰にも必要とされていない、そう感じる時間が増えた。
夜になると、ふと優斗のことを思い出す。
彼が隣にいた頃の自分。笑っていた理由を、今になってようやく理解する。
だが、スマホを握っても、もう送る相手はいない。
連絡先は消され、
居場所も、声も、過去のものになった。
凛は、自分を責め続けることをやめなかった。
蓮を信じたことではなく、優斗を疑ったことを。
「信じてくれる人を信じなかった」
その後悔だけが、毎日のように胸を締めつける。
それでも、時間は進む。
凛は少しずつ、誰にも見せない場所で泣くことを覚えた。
誰にも頼らず、誰にも期待しない生き方を覚えた。
それは強さではない。
罰のような自立だった。
ある日、駅前でカップルを見かけた。
手をつなぎ、他愛もない話をしている二人。
凛は、少しだけ目を伏せて、足を止めなかった。
――私は、もうあの場所には戻れない――
そう理解しているから。
凛は今日も生きている。
過去を抱えたまま、
取り戻せないものを知ったまま。
そして時々、
心の中でだけ、こう呟く。「・・・ごめんね、優斗」
返事が返ることは、もうない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます