協議不成立
「なに食べます?」
休日のファミリーレストランで、三崎は存外優しく微笑んだ。
その笑顔に、ここが会議の場だという前提が揺らぐ。
ここに来たのは、あくまで協議のためで───
一旦、メニューを開いて一通り目を通していると、一番人気と書かれているハンバーグが出てきた。
「じゃあ、これのAセットで」
「私は、これにします」
彼女はグランドメニューを見ることなく、テーブルに置かれた日替わりランチの用紙を指でトントンと軽く叩く。
注文を終えてすぐ、向かいで三崎が目を見開く。
「あ、理人さん。ドリンクバー付けますか?」
ドリンクバーよりも、名前で呼ぶタイミングのほうが気になる。
契約書に、その項目はなかったはずだ。
「……大丈夫です」
「そうですか」
それだけ言って、三崎はスマホに視線を落とした。
「……契約書の件だけど、」
「お待たせいたしました〜。Aセットでございます〜」
本題に入ろうとした途端、料理が届いた。
「先にどうぞ、井口さん。冷めないうちに」
くすくすと笑いながら口元を手で覆う彼女だが、さっきから一体何なんだ。
彼女が笑うほど、距離感の正解が分からなくなる。
それからすぐ、日替わりランチも届いたので、黙々と食べ進めた。
「このあと、どうします?」
「……え?」
エビフライを頬張りながら、カップルのような話題を投げてくるので、軽く喉が詰まる。
「夕飯の買い物、してから帰りません?」
「ああ、買い物。……了解」
結局この日、契約書の話題は一度も出ないまま、俺たちは合意事項を一つも更新しないまま、日常に戻った。
――それがいちばん簡単で、いちばん危険な選択だった。
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