再定義



翌朝。

テーブルに、一枚の紙が置かれていた。


――契約書。


見覚えのあるフォーマット。

ただし、最終ページだけが違う。


追記されている。


《同意事項・追加案》


・生活費:折半

・私的領域:維持

・身体的接触:要合意

・恋愛関係:本契約には含まれない


その下に一行だけ、手書きで足されていた。


《ただし、解釈に齟齬が生じた場合は、協議の上、再定義する》


三崎は、キッチンでコーヒーを淹れている。


「……これ」


紙を持つ手が、少し震えた。


「昨日、少し考えました」


振り返らずに、彼女は言う。


「井口さん、契約、真面目に守ってくれるじゃないですか」


「……それは」


「だから」


コーヒーをカップに注ぎ、ようやくこちらを見る。


「このままだと、どこまでが“違反”で、どこからが“未定義”なのか、分からなくなりそうで」


息を呑んだ。


「更新、ですか」


「はい」


淡々とした声。


でも、ほんの少しだけ、間があった。


「同意しますか?」


――逃げ道は、まだある。


でも、昨日の未遂が、頭から離れなかった。


「……協議内容に、俺の感情も含まれますか」


少し、彼女の瞳が揺れる。


「それは」


それから、困ったように笑った。


「……その辺から、話し合いませんか」



幸福指数の表示は、まだ更新されていない。


それでも、この契約だけは、確実に変わり始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る