第8話 魔女は奇跡を否定しない

王都近郊、第三巡礼予定地。


 教会が「次の聖地候補」として定めた場所は、小さな集落と畑が広がる、ごく平凡な土地だった。


 …の、はずだった。


教会側は違和感を感じた。


「……報告を」

 白衣の司祭が、眉をひそめて言う。


「土壌調査、問題なし」


「水質、問題なし」


「作物の成分分析も……」


 次々と報告するも、言葉が詰まる。


「…特徴が、ありません」


 司教は、机を叩いた。


「馬鹿な?ここは勇者と聖女が立ち寄ったとされる地点だぞ。奇跡の痕跡が、一つも無いなど――」


つまり、異常ではない異常だ。


 別の司祭が口を開く。

「問題は……無さすぎることなのです」

 

 また別の司祭が言う。

「汚染も、変質も、聖性反応すら、均一すぎる」


 司教は、理解できず首を傾げた。


「均一?」


「はい。人の手が入り過ぎています」



その原因は魔女の仕事であった。


 少し前。

 アウレリアは、農具小屋の影に立っていた。


 外見は、ただの旅の女。


 頭巾を深く被り、誰にも注目されない姿。


「……ここでいいわね」


 足元の土を、指で軽くすくう。


「大地の偏り、全部均してある」


 彼女は、壊すことはしない。


 整える。


そうする事が、奇跡を消さない方法なのだ。


 聖地は、尖る。

 奇跡は、偏る。


 だからこそ教会は、そこに価値を見出す。


「だったら」


 アウレリアは、小さく呟く。


「全部、同じにしてしまえばいい」


 今回の魔女の術式は、派手さがない。


土の養分を均す

水脈の流れを整える

作物の成長差を消す


 結果――

 奇跡が、風景に溶けた。


そして、綾人の野菜を用意した。


 集落で配られた作物は、「偶然」にも評判の野菜だった。


「甘いな」


「でも、普通だ」


「変な後味も無い」


 巡礼者たちは、口々にそう言う。


 司教が苛立つ。


「普通だと?聖地の作物だぞ」


 だが、どれだけ調べても。


奇跡的回復は起きない

体調が劇的に変わらない

信仰心も異常に高揚しない


 ただ、美味しいだけ。


「奇跡が起きない……?」

 司祭の一人が、呟く。


「いや、違う」


 別の司祭が言う。


「奇跡が、起き続けている」


「……は?」


「誰にも害がなく、誰にも偏らず、日常として続いている」


 司教は、黙り込んだ。


 それは、教会が最も扱いづらい奇跡だった。




魔女は独白する。


 アウレリアは、遠くから様子を見ていた。

「教会は、特別が欲しい。でも、人が生きるのは、特別じゃない日々よ」


 だからこそ。


「奪わせない。直人の兄も畑も…世界も」


それは、追いきれない影となった。


 司教は、報告書を閉じる。


「……一旦、撤退だ」


「聖地認定は保留」


「原因不明」


 農具小屋の影…その言葉に、アウレリアは微かに笑った。


「原因不明で結構。それが、魔女の仕事だもの」




 綾人は、今日も畑で汗を流す。

 自分の野菜が、どこかで教会の言う奇跡になり損ねたことなど知らない。


 ただ。


 空は青く。


 土は柔らかく。


 作物は、ちゃんと育つ。


 ――それだけで、十分だった。


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