第6話 聖性は奪える物
綾人がその契約書を見たのは、昼休みだった。
「……長期独占?」
書類の上部に、太字でそう書いてある。
相手は食品関連の中堅企業。
健康食品も扱っているらしく、話は丁寧で条件も悪くない。
「うちのブランド野菜を、安定供給してほしい?ですか…」
「価格は保証します。市場価格が下がっても、こちらは一定で」
営業マンは、にこやかだった。
悪くない話だ…数字だけ見れば、悪くない。
買取保証、輸送コストは相手持ち、契約期間は五年…農家としては、あり得ない程の好条件だ。
(普通なら、飛びつく)
それでも綾人は、首を縦に振らなかった。
「すみませんが…即決は出来ません」
正直、理由は説明できない。
「理由を伺っても?」
営業マンは、穏やかに聞いた。
綾人は、少し考える。
だが、うまく言葉に出来ない。
「……なんというか」
ダメだ…正直な言葉が出る。
「ウチの畑、そういう扱いされるの、合わない気がして」
営業マンは、少しだけ困った顔をした。
「管理はこちらが責任を持ちますし、農法の指定も極端なものはしません」
それでも。
「いや……」
綾人は、はっきり言った。
「理由は、これだけです。何だか気持ち悪い…んですよ」
農家の勘?なのか、理屈ではないし…説明が難しい。
だけど気になるんだ。
条件が良すぎるし、話が早すぎるから。
そして何より――
(“野菜”じゃなくて、“土地”を見てる)
そんな感じがした。
「今回は、見送ります」
営業マンは、それ以上食い下がらなかった。
ただ、最後に一言。
「また、機会があればよろしくお願いします」
ある意味、大人な対応だったが…。
それから数週間後(綾人の知らない場所)
王都。
教会関係者が、報告を受けていた。
「日本側での供給ルート、確保出来ませんでした。農家が、契約を拒否しまして…」
「理由は?」
「……個人の判断です」
沈黙。
「なら、直接は難しいな」
「はい。独占契約が取れなければ、聖性の固定化は出来ません」
計画は、棚上げされた。
こうして別ルートを使った教会からの世界線は切れたのだった。
綾人の日常は変わらなかった。
「また断ったのか?」
直人が、軽く聞く。
「うん」
「怒られなかった?」
「特には」
綾人は、畑を見渡す。
「売れればいいってもんじゃない。俺は、この畑をそのまま残したいだけだ」
直人は、何も言わなかった。
言えなかった。
そして数か月後
業界誌に、小さな記事が載る。
《健康食品原料として期待されていた国産野菜ブランド、供給不安定のため企画凍結》
綾人は、そんな記事を知らない。
今日も、土を触るだけだ。
もし、あの契約を結んでいたら。
土地は調査され
農法は標準化され
成分は分析され
名前は切り離され
最終的に、「聖性のある作物」だけが抜き取られ、人は不要になっていた。
だが綾人は、断った。
理由はただ一つ。
「気持ち悪い」
それだけで、一つの世界線が閉じた。
だが異世界からの教会の影響力は未だ消え去っていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます