第5話 野菜が売れ過ぎて怖い
綾人が「おかしい」と思い始めたのは、野菜が売れすぎてからだった。
「……また完売?」
道の駅の棚は、昼前ですでに空になっている。
値段は上げ下げしていない。
売り方も変えていない。
ただ――
「最近、ここの野菜じゃないとダメって言う客、増えてますからね」
道の駅の担当者が、苦笑いで言った。
噂は、現実的な顔をして広がる
「直人、聞いてるか?」
夕方、軽トラを止めて悩みを伝える。
「ウチの野菜、なんか特別扱いされてるっぽい」
「特別?」
「健康にいい、とかなら分かるんだけど…」
綾人は、腕を組む。
「でも最近はさ。気力が湧くとか食べると疲れが取れる、とか」
「……それ、普通の野菜の範囲でカバーできるのか?」
直人は、少し考えてから言った。
「評判が独り歩きしてるだけじゃないか?」
「だといいけどな」
綾人は、納得しきれない。
現実的に「困る」理由があったからだ。
「商社から、連絡が来た」
「商社?」
「継続供給できませんか、だって」
綾人は、頭をかく。
「量を増やせばいいって話じゃないからさ」
基本的に一人農業だし、頼みの綱は両親だ。
「土も、手間も、今のやり方が限界だ」
少し、声を落とす。
「それに理由が分からないのが、一番怖い」
ふと、思い出す。
子供の頃、両親が話してくれた昔話。
「昔な、勇者と聖女がいてな。世界を救って、どっかに消えちまったんだよ」
とりとめない話だったが…当時は、面白かった。
でも――
(大人になってまで信じる話じゃない)
畑は、現実だ。
土も、水も、労力も見てわかるものだ。
理由の分からない奇跡は、農業では事故と同じだ。
継続されない。
「直人」
「ん?」
「なんか、知ってるなら言え」
直人は、少しだけ視線を逸らした。
「俺も、詳しいことは分からない」
嘘ではない。
だが、全部でもない。
「ただ、まあ…今まで通りでいいと思う」
歯切れは悪い。
「無理に広げないで、無理に特別にならない方がいいんじゃない?」
綾人は、しばらく考えた。
「……そうだな」
その夜。
畑の魔力の流れが、わずかに均される。
人が特別だと指差しにくい程度に。
結果として、効果は残る。
だが再現性は薄れる
数値化・説明ができない、ただの「うまい野菜」に戻るだけだ。
さらに翌週。
「最近なんだけど」
道の駅の担当者が言った。
「一時期すごかったって扱いになってますよ」
「流行り、ですかね」
「そんな感じです」
綾人は、ほっと息を吐いた。
綾人はいつものように畑に立つ。
夕焼けの中、土はいつも通りだ。
「……普通が一番だな」
綾人は、そう呟く。
世界の裏側で何が起きているか。
自分の野菜が、どこまで届いているのか。
それを知る必要はない。
知らないからこそ、今日もまっすぐ鍬を振るえる。
それが、直人とアウレリアが守ったかった
兄の世界だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます