第4話 魔女は野菜で神を欺く

まだ王都。



 異変は、静かに始まった。


 王都中央大聖堂――

 地下聖務局にて、白衣の神官が眉をひそめていた。


「……反応が、出ています」


 水晶盤の上に置かれた肉片。

 魔物肉――いや、正確には直人が持ち込んだ加工前の端材である。


 そこに魔導具を使い、淡い光が反応していた。


《聖性値、基準値を超過》


「あり得ません」


 別の神官が声を荒げる。


「魔物肉に聖性があるなど……聖遺物反応と誤検出が重なったのでは?」


「いいえ」


 水晶盤を覗き込んでいた老司祭が、低く言った。


「これは……英雄由来の反応だ」


 室内が凍りつく。


教会の動きは機敏だった。


 調査は即座に始まった。

 肉の流通経路。

 加工方法。

 搬入者。


「農家経由?」


「地方の道の駅から王都へ」


「野菜も?」


 司祭は、そこで止まった。


「……野菜?」


それは、アウレリアの介入であった。


 同じ頃。

 アウレリアは、王都外れの小さな市場にいた。


 粗末な外套。

 顔には軽い幻惑。


 目の前には、木箱に詰められた野菜。


「相変わらず、綺麗ね」


 声をかけると、直人が自分の事のように照れながら笑う。 

 結界を張る事をアウレリアは忘れていない。


「ありがとうございます。兄の野菜は土がいいんですよ」


「ええ、知ってるわ」


 ――誰よりも。

それはたびたび直人から言われていたから。


 アウレリアは、一本の人参を手に取る。


 内部に流れる魔力。

 それは勇者と聖女の生活魔力が、畑を通して定着したもの。


 だが、それは――聖性ではない。


「これ、王都に?」


「はい。最近は貴族さんにも評判で」


 アウレリアは、静かに微笑んだ。


「……そう」


仕込みは万端。


 その夜。

 大聖堂地下、検査室。


 今度は野菜が並べられていた。


「……反応が、強すぎる」


 水晶盤が、明確に輝く。


「なっ……?」


「聖性値、上昇……?」


 司祭の顔が歪む。


「馬鹿な……野菜が、聖遺物級だと?」


 だが、それは事実だった。


 ――否。


 事実にされた。


 それは魔女の細工。


 屋根の上。

 アウレリアは、風に髪を揺らしながら呟く。


「聖性と魔力の位相を、少しだけズラしただけなんだけどね」


 検査器具は、魔力の質を測れない。

 量と反応だけを見る。


 そこに、魔女の古式干渉術式を少し混ぜる。


「英雄由来の反応を、土地信仰型の祝福に誤認させる」


 結果――


 教会の結論は、こうなる。


「これは、聖人ではない」

 老司祭が断じる。


「土地だ」


「……土地?」


「農地に蓄積された、自然信仰型の魔力反応」


 若い神官が戸惑う。


「ですが、肉の方は……」


「副次反応だ」


 司祭は言い切った。


「その土地で育ったものすべてが、一様に反応しているだけ」


 沈黙。


「つまり――」


 誰かが呟く。


「英雄個人のものではない」


 結論が出た。


 断定された為に調査は、縮小傾向となる。


 王都に散らばっていた密偵は引き上げ始めた。


 遺体探索の優先度は少しずつ下げられた。


 一方、その頃。

「最近、兄貴の野菜すごい売れてるらしいな」


 直人は、ベーコンを燻しながら呟いた。


「ま、うまいしな」


 兄弟の会話の背後で、アウレリアが紅茶を飲んでいる。

もちろん擬装しており、ある意味顔見知りだ。


「ええ。とてもありがたい野菜よ」


 意味深な微笑み。


「?」


「何でもないわ」


 魔女はカップを置く。


「あなたは、いつも通りでいい」


こうして魔女の仕事は一つ完了した。




 王城にて。


「教会の調査が、ほぼ止まりました」


 報告を受けた王が、静かに息を吐く。


「理由は?」


「……農地信仰だったそうです」


 王は、一瞬だけ笑った。


「魔女め」




 その夜。


 アウレリアは、農地ダンジョンに繋がる場所の上空に結界を重ねた。


「これで、しばらくは大丈夫」


 直人の兄は野菜を育て、両親は畑を耕し、直人はダンジョンで肉を狩る。


 その一方で教会は、土地を拝む。


 そして誰も気づかない。


 英雄の血は、今日も静かに…畑に染みているということに。

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