第3話 魔女は王を測り、王都を見張る
引き続き王都。
呼び出しは唐突だった。
王城西塔、対外的にはすでに使われていない古い執務室。
謁見の間でも、会議室でもない。
これは公式ではないと言う事だ。
アウレリアはそれを理解したうえで、扉を開けた。
「久しいな、アウレリア」
王は立っていた。
玉座はなく、装飾も最低限。
そこにいたのは、王という役割を脱いだ一人の男だった。
「元気そうで、何よりね」
「それは互い様だ」
短い応酬。
だが、空気は重い。
「……用件を」
「勇者と聖女のことだ」
アウレリアの瞳が、わずかに細くなる。
「死んだ二人の?」
「死んだことにした二人の、だ」
王は冷静に訂正した。
つまりは、真実の開示と言うことだ。
「教皇との非公開会談があった」
王は、包み隠さず語り始めた。
聖遺物。
聖人認定。
殉教という名の処理。
英雄が生きていることが、信仰にとって不都合であるという論理。
そのすべてをアウレリアは、途中で一度も口を挟まなかった。
――否、挟みたくなかった。
「……なるほど」
話を聞き終えた彼女は、低く息を吐いた。
「だから遺体を残さなかった、事にした」
「そうだ」
「聖遺物にされる前に、この世界から隠した」
「そうだ」
王は正面から頷いた。
これは評価の反転は否めない。
「正直に言うわ」
アウレリアは王を睨む。
「あなたを、ずっと軽蔑していた」
王は驚かない。
「英雄を使い捨てにした臆病者。教会に屈し、嘘で歴史を塗り固めた男」
それが、彼女のこれまでの評価だった。
「でも――」
アウレリアは言葉を切る。
「それは違った」
沈黙。
「あなたは、英雄を殺したのではない」
彼女の声が、静かに震える。
「英雄を人間のまま逃がした」
王は、目を伏せた。
「誇れることではない」
「いいえ」
アウレリアは即座に否定した。
「それは、王として最も難しい選択よ」
だからこそ、魔女の怒りは収まらない。
「……教皇は」
アウレリアの声が低く沈む。
「今も遺体を探している、って事ね」
「間違いない」
「見つけた瞬間、殉教処理。つまり亡き者にする、と」
「そうだ」
次の瞬間、空気が歪んだ。
王の背後の燭台が、音もなく凍りつく。
事象干渉するほどの魔力が漏れ出す。
「――ふざけないで」
魔女の声は、怒りを孕んでいた。
「生きて帰った者を、都合が悪いから死なせる?それを神の名で正当化する?」
王は動じない。
「だから、君を呼んだ」
ふと直人の存在を思い出す。
「あなたの知っている農家の次男坊」
王は、はっきりと名を出さなかった。
「彼が、英雄の血を継ぐ存在だ、と言う事は確認している。
アウレリアは、すでに理解していた。
「直人ね」
「彼が、教会に知られればどうなる?」
「――囲われる」
当然の帰結である。
「英雄の後継。生きた聖遺物…いや殺すだろうな。逃げ場はない」
王は、静かに頷く。
「だから、頼みがある」
一呼吸置く。
「教皇の動きを、見張ってほしい」
「……正式に?」
「非公式にだ」
王は、真っ直ぐアウレリアを見る。
「私の権力では、教会を止められない。でも、あなたは知っている者だ。そして――」
王は一拍置いた。
「あの家族に、借りがある」
その言葉に、アウレリアは微かに目を見開いた。
「……やっぱり」
小さく笑う。
「あなた、あの二人に畑仕事を教わった口ね」
「土の扱いをな」
二人の間に、かすかな共感が生まれた。
魔女の決断は早かった。
「いいわ」
アウレリアは、はっきりと言った。
「教皇を見張る。そして――」
彼女の瞳が、鋭く光る。
「直人には、何も知らないまま生きる権利がある」
王は、深く息を吐いた。
「感謝する」
「勘違いしないで」
アウレリアは背を向ける。
「これは王のためじゃない」
扉の前で、彼女は振り返った。
「人を人のまま守ろうとした王が、この国にまだいると知ったからよ」
フワリとした笑みを残して、アウレリアは立ち去った。
その夜。
王都の一番高い塔を越え、見えない結界がいくつも張り直された。
教会関係者の動線。
密偵の魔力反応。
聖遺物探索の儀式。
すべてが、アウレリアの視界に入る。
「……さて」
魔女は、農地ダンジョンの方角を見る。
「しばらくは、ただの肉商人でいてもらいましょうか」
直人は、何も知らない。
だが彼の周囲では今、王と魔女が、静かに剣を抜いている。
敵は魔王でも、魔物でもない。
信仰という名の正義だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます