第2話 王は人を見て、教皇は死を見ている
場所は変わり、異世界の王国。
王城地下、外光の届かぬ小礼拝堂。
玉座も十字架も置かれていない、ただの石室。
対面するのは二人。
国家の王と、信仰の頂点である教皇。
そして…英雄の死を巡る、共犯者でもある。
「勇者と聖女の件ですが」
先に口を開いたのは教皇だった。
声は穏やかで、祈りのような調子を崩さない。
「彼らの魂は、すでに神の御許にある。我らはそれを、正式に形にする段階に入るべきでしょう」
「…」
王は答えない。
代わりに、手にした杯を静かに置いた。
「形、とは」
「聖人認定です」
静かに答えるも言葉に強さがあった。
「巡礼の核が必要なのです、陛下。魔王討伐という奇跡は、語り継がれねばならない」
王は、わずかに眉を動かした。
「語り継ぐために、遺体が要ると?」
「ええ」
教皇は否定しない。
「死は、聖性を確実にします。生は、揺らぎを生む」
だが王の論理は違う。
「彼らは、人だ」
王の声は低い。
「血を流し、疲れ、畑で汗をかく人間だ。
死して初めて意味を持つ存在ではない」
それに対して教皇は、微笑んだ。
「陛下。それは個人の視点です。国家を語るなら」
教皇は指を組む。
「象徴は必要でしょう」
教皇の論理は普遍性を求めている。
「聖人とは、人ではありません」
教皇の言葉は、淡々としていた。
「解釈です。教義です。信仰を束ねる核です」
王の視線が鋭くなる。
「だから、死んでいなければ困る、と」
「はい。生きている限り、彼らは我らの言葉を否定できる」
教皇は一拍置き、続けた。
「それは、信仰にとって害悪です」
それは決定的な断絶を意味していた。
「では…もし、生きていると知れたら」
王が問う。
「貴殿らは、どうする」
教皇は迷わなかった。
「殉教です」
即答だった。
「神に呼ばれた。そのように整えます」
王の手が、無意識に拳を握る。
「それを、善だと?」
「ええ」
教皇は静かに頷く。
「死によって、多くが救われるなら…必要な事です」
「だから私は」
王は、はっきりと言った。
「遺体を残さなかった」
教皇の目が、わずかに細まる。
「彼らは死んだ。だが、聖遺物は存在しない」
「……それは」
「信仰を否定する行為ではない」
王は言葉を重ねる。
「人を、物にさせないための決断だ」
沈黙がしばらく続いた。
やがて教皇は、ゆっくりと息を吐いた。
「陛下は、人を守られた」
そして、続ける。
「私は、信仰を守ります」
互いに譲らない。
だが、争う気もない。
なぜならば。
二人とも、英雄を殺した側だから。
会談の締めに王は無表情になり、目を閉じた。
「遺体は、見つかりません」
王は言った。
「今後も、な」
教皇は、微笑んだまま頷く。
「では我々は、探し続けましょう」
その言葉の裏にあるのは、こうだ。
見つけた瞬間、正式な死を与える。
だがそれは、この国の…いや、世界の終焉を意味すると王は知っている。
だからこそ、教皇の考えは害悪なのだ。
現時点でこの世界に勇者と聖女が居ない事は僥倖であり、何か間違えれば確実な破滅を迎える。
王は執務室に戻ると魔法省の大臣を呼んだ。
「アウレリアを呼べ。至急だ」
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