第4話

「ポルトン様、やはりこの先で土砂が線路を塞いでおります」

「なんだと! 納会に遅刻してしまうではないか!」

 ギトギトの肉料理を楽しんでいたポルトンは、フォークを机に叩きつけた。でっぷりと太った顔の真ん中で、小さな目がキョトキョトと動いている。

「ご安心下さい、年寄りの作業員ばかりですが、ポルトン様のためにと今まで必死に土砂を避けておりました。一時間もあれば通れるようになるかと」

「納会前に金貨に両替しなければ格好がつかん! 車掌もおまえたちも行って、五分で終わらせろ!」


 四人掛けの椅子を埋めているのは銀貨袋だ。金貨にすればトランクひとつに収まる額だが、まず金貨なんぞ農村では流通しない。納会が行われる前に両替をする手はずだったのだ。

 駄々っ子のような指令に慣れた用心棒たちは、ぞろぞろと列車から降りて現場に向かう。

 残った五名ほどの側近も「では私も行ってまいりましょう」と傍を離れようとすると、村長は顔色を変えてその袖をつかんだ。

「ダメだ! こんなところで列車強盗にでもあったらどうしてくれる!」



「おや、列車強盗をお呼びかい?」 

 勢いよく開いた客車のドアに、ポルトンは情けない悲鳴をあげた。外で扉を守っていたはずの用心棒はすでに連結部分でのびている。

 踏み込んできた人間は三人。全員が顔の下半分をバンダナで覆っている。

 後ろの二人は見たことがある村人のじじい。先頭を進んでくるのは、妙に覇気に溢れる歩き姿だが、髪は真っ白でやせっぽっちの老婆だ。

 こちらは腕利きの若い用心棒が五人で、向こうは老人三人。数の上でも上回っていると踏んだ村長は、急に尊大な態度に戻った。

「おまえたち気でも狂ったか、こんなことをしてタダで済むと……」

 

 狭い客席の間で、自慢の用心棒と老婆が接触すると、勝負は一瞬でついた。

「ぐはっ……」

 みぞおちに深くロカテリアの膝を沈められた用心棒が白目をむいて倒れると、ポイと横の席に放られる。すかさず後ろの二人が縄で縛った。 

「ごはぁっ!」

 次は顎にアッパーを喰らった男が真後ろにひっくり返る。後ろでつかえていた用心棒がびっくりして押し返すと、これもロカテリアに襟首をつかまれて客席に投げられた。

 通路は一本なのだから先鋒が最強ならば、数は問題ではなかったのだと気づいた時には、ポルトンの前に笑顔の老婆が立っていた。


 用心棒は全員縛られて客席で気絶している。村人のひとりはすぐに車掌室につながる扉に鍵をかけ、ひとりはポルトンを椅子に縛り付けた。

 会計と治水を任せていたジジイたちだが、実はよく訓練された列車強盗だったのかと疑うほどの手際だ。

「ぬうっ……何者だ」

 苦渋の顔でうめいた村長は、てかてか光る黄色いスーツを着ている。どうやらご自慢の一張羅いっちょうららしい。

「荒野に舞い降りた正義の使者さ」

 かっこよく決めたロカテリアを、二人の村人はスンとした顔で聞き流す。

「それは学校創設のための大事な資金らしいじゃないか、返しておやりよ」

 強盗の言葉に、村長はギロリと老いた村人たちをにらむ。

「やはりおまえらが強盗を雇ったんだな、クソ、この恩知らずどもがっ!」


 村人からは殺し屋、村長からは強盗と言われた探検家ロカテリアは、完全に機嫌を損ねたらしい。腰の後ろからギラギラ光るナイフを抜いた。

「うるさいよ、緊張感が足りないようだね」

 喉元につきつけられた切っ先に、ポルトンは真っ青になって震えだす。

「はわわ、命だけは助けてくれっ!」

 ポルトンの後ろで、村人たちが「そこまでは」と口パクで説得してくる。ロカテリアはあまちゃんだねと笑った。


「あんたの悪政に村人たちがどんなに苦しんでいるか分からないかい?」

 肉の皿から固まり始めた白い油をたっぷりと手にすくいとったロカテリアは、それをポルトンの顔の外周に塗りたくり、自慢の黄色いスーツで拭った。

「やめてくれ……絹地なんだぞ」

「あんたがいつも村人にこうするんだろ? しかも黄色は全然似合わないってさ。仕立て直しな」

 顔を赤くしたポルトンは、喉の下でナイフがゾリリと動いた音に再び蒼白になった。

「い、ひぃ」

 掠れたつぶやきを聞き届けず、無常にもロカテリアのナイフは動き続ける。お付きの村人は思わず顔をそむけた。

 

「できた! 見てごらんよ、さらに顔の真ん中にパーツが寄った感じもするけど、すっきりした」

 満足そうなロカテリアの声に、村人たちがポルトンの前に回る。

 肉の油をシェービングフォーム替わりに、顔の外周をぐるりと剃られた村長が、虚無の顔でうなだれていた。

「前髪を全部いったのはやりすぎでさぁ」


 そうかい? と小首をかしげながらロカテリアは車窓を開ける。下には最初に土砂の除去に当たっていた年寄たちが、くたびれ切った顔で集結していた。

「ボスの言う通り、用心棒のやつらジジイは下がってろって、オレらから道具を奪って夢中で土砂を避けてます」

「いいね、よくやった」

 応援を呼ぶまでもなく、屈強な用心棒たちがよってたかって作業すれば納会に間に合う程度まで、崩した崖の土砂を除去しておく。

 絶妙な加減を求められる力仕事をしていた年寄たちは、一瞬ホッと表情を緩めたが、窓から投げ落とされた銀貨袋の重い音に顔を見合わせた。

「もう崖の上に逃走用の馬車が来てるはずだ。次は用心棒にバレないように金を持って崖登りだよ」

 ハァィと情けない声を上げて、老人たちは再びキツイ仕事にとりかかる。


 次々と座席から運ばれていく袋に、村長はついに声をあげた。

「後生だから銀貨二袋だけは残してくれ、連合からはじき出されたら、苗の競りに参加できなくなる」

 その最低限の二十倍を献金することが、町への昇格条件だったらしい。

 ロカテリアはポルトンの前で腕組みすると、静かに問いかけた。

「何故村人たちが、自分のやり方についてこなかったか分かるかい?」

 村長はよほど悔しいのか、口を閉ざしたままだ。それほどのんびりしてはいられないので、ロカテリアは答えを述べた。


「村長が何を着てどんなヒゲか、村人たちはよく知っていた。なのに、あんたはまるで民の暮らしを分かっちゃいない。何が必要で何に苦しんでいるのか、見ようとしなかった」

 剃られてテカテカしている顔の中央で、小さな目と口が驚いたように開かれた。

「距離が近い人に理解されないことは、何より辛いことなんだよ」

 村長が上げた視線の先で、会計と治水を任せていた男たちが眉をしかめていた。

「世話になりました。こんな最後で残念だけど、若いやつらに良い未来を拓いてやりたいんです」

 ひきとめようとするように、村長の膝の上から丸々とした手が持ち上がったが、すぐに力なく着地した。


「よし、撤収!」

 号令と共に、列車強盗たちは軽やかに窓から飛び出していく。

 座席には、温情だと言わんばかりに三袋の銀貨が残されていた。

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