第3話

 待合室から線路に視線を投げたロカテリアは「いい考えがある」と口角を上げた。

「この先の渓谷でちょいと崖を崩して線路を埋めよう」

 給炭所を出発すると線路はゆるく左側の谷底へカーブしていく、往路の車窓でそれを眺めていたロカテリアは「細工するならこういう土地だ」と目をつけていたらしい。

「……婆さん、いつもそんなこと考えながら汽車に乗ってるのかよ」

 あっけにとられる村人たちの声に、ロカテリアはどこか嬉しそうに答えた。

「探検家として当然の危機管理だよ」


「補給しなくても汽車は給炭所に停車する、ダイヤの問題があるからね。ここから走りだしたら事故現場ではまだトップスピードじゃない、十分に安全に停まれるはずさ。汽車が停まったら仕事の始まりだ」

 気軽に事故現場と言ったが、その現場をこれから作ろうと言うのだ。

「わかったぞ、そこで村長と交渉するんだな!」

 血気盛んな若者が声をあげると、ロカテリアは顔の前でチッチッと舌を鳴らしながら指を振った。

「交渉なんてかったるいだろ、せっかくだ。列車強盗をしようじゃないか」


「列車……強盗?」

 初めて聞いた言葉のように、村人たちはオウム返しにする。

「何をびっくりしてるのさ。あんたらの金を列車が運んでくるんだろ? 村長をブン殴って取り返せばいいじゃないか」

 自信満々にロカテリアにそう言われると、「それもそうか……」みたいな空気が待合室に広がる。

 しかし一人の婦人が、頭を振って正気に戻った。 

「待ちなよ、そんなの投獄どころの話じゃない。列車強盗なんかしたら縛り首だよ!」

 縛り首というワードの衝撃に、ほとんどの者が青い顔をして黙り込む。

 それを端から順に見渡して、ロカテリアは低い声で言った。


「そうだよ、首をかけてやる気が無いなら、今すぐ解散して家で坊やのオムツでも替えておやり」

 村長の悪口大会も終わったし、少しは気が晴れただろうと意地悪く言う。

「罪の多少は問題じゃない。ポルトンに反逆の意思を示した時点で、もう村では暮らしていけない覚悟じゃないのかい?」

「それは……その通りだ」

 総勢百名ほどの小さな村から出た二十人の決起民は、沈痛な面持ちでうなだれる。


「じゃあアタシにその命を賭けなよ。金を取り戻し、生きる場所を用意してやろうじゃないか」

 何ゆえこの枯れかけの老婆がそんなに自信満々なのかは分からないが、妙な説得力のある口調に、完全に場が呑まれていた。


「俺はロカテリアさんに賭けるぜ、うちの長男は親の欲目抜きに頭がいい、絶対に学校に行かせたいんだ」

 意外にも最初に決意を述べたのは、本気のゲンコツを受けた若い父親で、雪崩のようにその年代の人間たちが賛同した。

 この場に集まった時点で、最初の覚悟は決めて来た者ばかりなのだ。


 

 汽笛を響かせながら列車が向かってきた。隣駅が終着の列車は、この給炭所では補給をしない。

 車掌は待合室の窓から見えるベンチに、見慣れない作業員がひとりで・・・・座っていることに、少し不思議そうな顔をしながらも徐行で通過していった。これで、次の村長が乗った列車が来るまでこの路線を通過する車両は無い。


「よし、全員立ちな」

 ロカテリアの号令で立ち上がった村人たちは、足の痺れにしばし悶絶しながら指示を聞いた。

「子どもがいる親は、崖を崩す作業をおやり。こぶみたいに出ているところを崩せば線路が半分くらい埋まるはずだから、その程度でいいよ」

「分かった。終わったらどうしたらいい?」

 素直にうなずいた若者たちに、ロカテリアも立ち上がりながらおさげ髪をピンと背中へ払う。

「家に戻って子どもたちを連れといで。待ち合わせは隣町、中央行きの長距離列車の始発便で逃げるよ。遅れたら置いていくからね」


「長距離列車なんて、切符代が払えないよ!」

 金勘定が早い嫁がすぐに悲鳴を上げたが、ロカテリアは心配ないよとウインクした。

「金ならこれからたんまり入る予定だろ、全員分の特等が買えるさ」

 「行先はどこだ」と尋ねてきた声を「着いてからのお楽しみさ」とはぐらかして、ロカテリアは渓谷に伸びる線路を指さす。

「さぁここからは時間との勝負だ、いい仕事を頼むよ!」

 ツルハシやスコップを持って、若い世代が駆け出していくと、待合室には概ね五十歳以上の人間が残った。


「ワシらは何をしたらいい?」

 十人ほど残った村人たちを、ロカテリアは冷えた目で見つめる。

「アタシはね、チビがいる親世代をこんな杜撰ずさんな計画に巻き込んだあんたらに心底腹が立っている」

 「計画を立てたのは若いやつらじゃ」と首をすくめて頭を押さえた男に「ゲンコツで触りたくもないくらいにね」と容赦ない。

「若者が無謀をやったら、止めてやるのが務めだろ。ここからはあんたらに一番危険で一番キツイ仕事をしてもらう、せいぜい根性を見せなよ」


 

 給炭所に停まった列車に、「ごくろうさんです」と言いながら作業員が駆け寄ると、車掌はピリついた顔でそれを制した。

「補給は済ませてきた。定刻でこのまま発車するから近づかんでくれ」

 ロカテリアの予想通りになったことに、村人たちは内心舌を巻きながらも、ヘラヘラと頭をかいた。

「いやぁ助かります。さっき谷の方で地鳴りがしましてな、もしや崩れたんじゃないかって三人ほど向かわせていたんでさぁ。気を付けて進んでくだされや」

「なんだと?」

 車掌が大声を上げたので、車掌室に村長の用心棒が入ってくる。


 車掌の報告に、村人は「戻ってこないところを見れば、そのまま作業しているのかもしれない」と追撃した。

「クソ、こんな大事な時に! 残ってる作業員も道具を持って後ろから乗りこめ、すぐに列車を出して現地を確認するんだ!」

 用心棒はそう言うと、ポルトンに報告するために車掌室を飛び出す。

 列車の最後尾から作業員たちと共に、まんまと瘦躯そうくの老婆が乗車したことを、用心棒は知るすべもなかった。

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