第10話 我を捨てた日、楽になった
我を捨てた日、楽になった
その言葉は、
後から付いた。
あの頃は、
ただ「名前」だった。
⸻
きっかけは、
くだらない喧嘩だった。
仲間の一人が、
意地を張った。
引けばいい場面で、
引かなかった。
相手も引かない。
空気が、
嫌な方向へ転がる。
⸻
悠矢は、
前に出かけた。
いつものように。
だが、
愁也が腕を掴む。
強くはない。
でも、離れない。
⸻
「今日は、
それじゃない」
低い声。
悠矢は、
苛立った。
「俺が出れば――」
「違う」
⸻
愁也は、
ゆっくり言う。
「勝つために、
やるんじゃない」
「守るためだ」
⸻
その言葉が、
胸に引っかかった。
勝つ。
目立つ。
名を上げる。
それが、
強さだと思っていた。
⸻
悠矢は、
一歩下がった。
たった一歩。
それだけで、
空気が変わる。
⸻
仲間が、
戸惑った顔をする。
相手も、
拍子抜けする。
⸻
愁也が、
前に出る。
「今日は、
終わりにしよう」
誰も、
異を唱えなかった。
⸻
帰り道。
悠矢は、
ずっと黙っていた。
やっと口を開いたのは、
駅の前だった。
「……楽だな」
⸻
愁也は、
少しだけ笑った。
「だろ」
⸻
その時、
誰かが言った。
「我捨楽ってさ」
「こういうことじゃね?」
⸻
我、捨てて、
楽しむ。
勝ち負けより、
守ること。
意地より、
生きて帰ること。
⸻
悠矢は、
初めて理解した。
前に出るのは、
自分のためじゃない。
背中を守るためだ。
⸻
我を捨てた日、
肩の力が抜けた。
楽になった。
⸻
我捨楽は、
その日から、
少しだけ静かになった。
でも、
折れなくなった。
⸻
この話を、
未来の彼女は、
何度も読み返す。
「強さって、
こういうことなんだね」
そう、
心の中で呟きながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます