第9話 選ばなかったコート、選んだ時間

選ばなかったコート、選んだ時間


愁也は、

部活に入らなかった。


理由を、

多くは語らない。



放課後になると、

校門の前で立ち止まる。


時計を見る。


少しだけ、

表情が緩む。



彼女は、

いつも同じ時間に来る。


制服のスカート。

少し遅れた足取り。


見つけると、

軽く手を挙げる。



「待った?」


「今来た」


嘘じゃない。



二人は、

並んで歩く。


会話は、

他愛もない。


授業の話。

天気。

友達の噂。



愁也は、

彼女の歩幅に合わせる。


無意識だ。



「バスケ、

 入らなくてよかったの?」


彼女が、

ぽつりと聞く。



愁也は、

少し考える。


「後悔は、

 してない」



嘘も、

強がりもない。



「俺さ」


「前に出るの、

 向いてないんだ」



彼女は、

黙って聞く。



「見る方が、

 楽で」


「守れる距離にいる方が、

 落ち着く」



それは、

彼女だけに見せる顔だった。


我捨楽の中でも、

見せない。



夕焼けの中、

二人は立ち止まる。



「ゆうやは、

 すごいな」


愁也が言う。


「エースで、

 前に立って」



彼女は、

少し微笑む。


「愁也も、

 すごいよ」



「何もしてない」


「してる」



その言葉に、

愁也は何も言えなくなる。



夜。


悠矢から、

メッセージが来る。


今日、勝った



愁也は、

短く返す。


見なくても分かる



彼女が、

横から覗く。


「信頼してるんだね」



愁也は、

画面を閉じて答える。


「うん」



彼女は、

それ以上聞かない。


それが、

二人の距離感だった。



愁也は、

大きな声を出さない。


誓いも、

宣言もしない。



ただ、

毎日、同じ時間にそこにいる。



それが、

彼の強さだった。



未来の彼女は、

この章を読んで気づく。


喧嘩の後ろにいた理由。

前に出なかった理由。



愁也は、

 守る練習をしていたんだ。

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