第9話【顔だけの男】

圭吾は、待ち合わせの喫茶店へと急いだ。


ドアを開け、店内を見渡す。


すると、見覚えのある女性の背中が目に入った。


――いた。


だが、その向かいには、顔立ちの整った男が座っている。


――そのまま声をかけるべきか?

――どうすればいいんだ?


そう思いながらも、桜田に気づかれないよう、彼女のすぐ後ろの席に腰を下ろす。


「桜、まだ怒ってるのか?」


男の声が、低く響く。


「なあ桜、機嫌なおして、こっちに戻ってこいって。……俺が好きなのは、お前だけなんだからさぁ」


「……克也、あんた、頭大丈夫?」


桜田の声は、冷えきっていた。


「もうすぐ結婚するんでしょ? なのに、どうして私にそんなこと言えるの?」


「だからさ。社長令嬢の堀越と結婚すれば、金が入ってくるだろ? それに、ゆくゆくは婿の俺があの会社を継いで社長になる」


克也は、悪びれもせず続ける。


「そうすりゃ、お前を愛人として囲えるしさ。桜は働かなくても、いい暮らしができるってことだよ。なっ、いい話だろ?」


その瞬間だった。


桜田は、手にしていたグラスの水を、克也の顔に勢いよくぶちまけた。


「あんた、私をなんだと思ってるの!」


店内に、桜田の怒声が響き渡る。


「女を馬鹿にするのもいい加減にしなさい。どれだけ自分がいい男だと思ってるわけ? 世界にあんたしか男がいなくても――」


桜田は、震える声で、


「あんたみたいな最低な男、絶対に好きになんてならない。ほんと、吐き気がするくらい……大っ嫌い!」


大きな声で克也を罵倒した。


「なんだと、てめぇ――」


克也が、荒々しく立ち上がる。


その瞬間、圭吾も反射的に立ち上がり、桜田をかばうように彼女の前へと立ちはだかった。


そして圭吾は、その男の顔を真正面から見据える。


濡れた前髪の奥で、怒りと苛立ちを滲ませた目。

自分が“選ぶ側”だと信じて疑わない、傲慢な視線。


――ああ……。


胸の奥が、ずしりと沈んだ。


その目、その表情、その態度。


どれもが、かつての自分と、あまりにもよく似ていた。


――俺は……こいつと同じだ。


『……愛人にしてやるって言ってるんだから、何が不満なんだ?生活も見てやるし、優しくしてやる。だから俺の愛人になれよ』


桜田が受けた言葉は、かつて圭吾が幸に投げつけた言葉と、寸分違わなかった。


あの頃の圭吾は――相手の人生を、自分の都合でどうにでもできると思い込んでいた。


だから――


幸からのラインも、


『どこでもいいだろ』

『帰らない』

『いらない』

『知り合い』

『無理』


簡単にすませていた。


それに、結婚をちらつかせて、幸を家政婦のように扱った。


あれこれ要求する俺に、幸は困ったように微笑み、何も言わずにただ従っていた。


幸の愛情を、俺は軽んじていた。


――あのときの幸も……こんなふうに、傷つけられていたんだ。


第三者の目線で見るとよくわかる。


今になって、ようやくわかった。

あれは愛なんかじゃなかった。


自分に都合のいい存在として、抱え込んでいただけだった。


圭吾は、唇を強く噛みしめた。


「誰なんだお前は?」


克也がけんか腰に絡んでくる。


「誰だろうと、お前には関係ないだろ」


圭吾も負けじと言い返す。


「はぁ、お前なぁ、関係ない奴がでしゃばるんじゃないよ」


顔を真っ赤にして、克也も言い返す。


そこに――


「黒田くん、クズ男なんか、まともに相手しなくていいんだよ。さぁ、帰ろう」


桜田が、いつもの口調で話に割り込み、


「木下さん、ここは喫茶店よ。いい加減、場所をわきまえたら。ホント、顔だけの男って最低」


克也に冷ややかな視線を向けると、圭吾の腕をとり、歩きだした。


背後では、木下がなにか叫んでいる。


でも、それを完全に無視して、お金を払い、喫茶店を後にした。



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