第2話【性格が悪い】

「野田さん、私に任せていいんですか? 辞めても、責任持てませんけど……」


桜田が、ちらりと圭吾を一瞥してから、野田に問いかける。


すると野田は、肩をすくめながら答えた。


「もしここを辞めたら、今よりもっと僻地に飛ばされるらしい。それなら、ここで踏ん張ったほうが、都会育ちの彼にはいいだろう。まあ……それでも辞めるというなら、辞めるで仕方ないけどな」


圭吾へ視線を向けてから、野田は付け加える。


「どっちに転んでも、桜田の責任じゃない。そこは安心してくれ」


そう、野田は断言した。


その言葉を聞いた桜田は、ふっと口角を上げる。


「……そうなんですか」


そう言いながら、ゆっくりと圭吾へと視線を向けた。


「それなら、遠慮なく使わせてもらいます。 “助手”として、徹底的に」


その声は穏やかなのに、どこか底冷えするような響きを帯びていた。


そして、その日以降、圭吾は完全に彼女の管轄下に置かれた。

 

朝一番の掃除、書類整理、現場の手伝い、重たい荷物運び。


少しでも手を止めれば、


「何? その立ち姿。モデルのオーディション?」

「動かないなら、置き物として玄関に飾るけど?」


鋭いツッコミが、容赦なく飛んでくる。


桜田桜に反抗したい。

今すぐにでも、ここを辞めたい。


そう思う気持ちは、常に胸の奥で渦巻いていた。


だが――


野田の言った、あの言葉が、圭吾の反抗心に歯止めをかけていた。


『もしここを辞めたら、今よりもっと僻地に飛ばされるらしい』


逃げ場は、ない。


圭吾は歯を食いしばり、桜田の指示に従った。


そんな圭吾に、


「黒田くん、数字もまともに入力できないの? 今までどんな 楽な仕事を してきたの?」」


今日も、桜田の蔑むような声が、事務所内に響き渡る。


「し、仕事量が多すぎて……」


圭吾が言い訳を口にしかけた、その瞬間。


「言い訳は、元カレで聞き飽きてるの」


ぴしゃりと遮られた。


さらに追い打ちをかけるように、


「顔がいいからって、失敗しても許されると思わないでよ。ここ、モデル事務所じゃないんだから」


半ばセクハラ、パワハラまがいの言葉が、容赦なく浴びせられる。


――このクソ女。


心の中で悪態をつきながらも、圭吾は反論できずにいた。


その理由は、ここよりも僻地に飛ばされるのを避けるためでもあるが、


それ以上に――


桜田は、圧倒的に仕事ができた。


指示は的確。

作業は速い。

そして、ミスは一切ない。


人格的には最悪だが、業務能力だけは、腹立たしいほど完璧だった。


そんな彼女の前では、かつて権力を振りかざしていた圭吾も、ただの”使えない新人”でしかない。


圭吾は歯を食いしばり、黙ってキーボードを叩き続ける。


その背中を見ながら、桜田は小さくため息をついた。


「……本当に、イケメンってだけで、要領よく生きてきたって感じだね」


その一言が、圭吾のプライドを、さらに深くえぐった。


*****


「ほら、外回り行くわよ」


そう言われ、半ば押し込まれるようにして、圭吾は軽トラックの運転席に座らされた。


助手席には、当然のように桜田が腰を下ろす。


圭吾が派遣されたこの会社は、自社農場で野菜を栽培し、併設の加工場で下処理までを行っている。

 

そして、それらを地元の飲食店や、都市部のレストランへ卸すのが、主な業務内容だ。


軽トラックのエンジン音が、静かな田舎道に響く。


圭吾はハンドルを握りながら、思う。


――俺が、軽トラに乗る日が来るとは。


高級車以外に乗ったことのない圭吾にとって、ボロボロの軽トラックを運転しているという事実そのものが、すでにプライドを大きく傷つけていた。


そのうえ、


「黒田くんって、運転も下手なのね。もう少し、でこぼこしてるところを避けて走れないの?」


運転技術まで馬鹿にされるという、男としては屈辱的な状況だ。


「そう思うなら、桜田さんが運転すればいいんじゃないですか?」


腹が立ち、思わず言い返す。


すると――


「そうね。私が運転した方がいいかも。ほら、代わって」


あっさりと言われ、運転を代わることになった。


桜田がハンドルを握った途端、先ほどまで揺れていた車体は嘘のように安定し、スピードも心なしか上がる。


「どう? 揺れないでしょ」


冷めた視線が、ちらりと圭吾に向けられる。


圭吾は、何も言い返せなかった。


運転技術ですら、負けた。


その事実が、じわじわと胸に突き刺さる。


――情けない。


項垂れる圭吾に、


「あんたさ、なんでも思い通りになると、思って生きてきたでしょ? でもさ、人生なんて、ほとんど自分の思い通りになんてならないわよ」


前を見据えたまま、桜田が言う。


「家柄が良くても、顔が良くても、性格が悪いと誰も相手にしなくなるって、親か誰かに教えてもらわなかった?」


そう言いながら、圭吾のほうをちらりと見る。


「その顔……“あんたにだけは言われたくない”って顔だね」


桜田は、クスッと笑った。


「私はね、自分で性格が悪いって自覚してるから、まだマシよ」


そして、容赦なく続ける。


「でも、あんたは違う。自分が性格悪いって、自覚がないでしょ?」


一拍置いて、


「それ、人として、ほんと最悪だからね」


圭吾の性格についてまで、桜田はダメだしする。


その言葉は、圭吾にとって衝撃だった。


なぜなら――性格が悪いと、真正面から言われたのは、これが初めてだったからだ。


――俺は……性格が悪いのか?


胸の奥に、今まで感じたことのない違和感が広がる。


『自分が性格悪いって、自覚がないでしょ?』

『それ、人として、ほんと最悪だからね』


桜田の言葉が、圭吾の頭の中で何度も反芻される。


否定したいのに、言い返す言葉は、どこにも見つからなかった。

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