第7話 軍法会議をしました。
織田・徳川連合軍は、武田信玄の調略と機動戦に翻弄され、
血を引きずるように十五キロ退いた地点で、ようやく陣を敷いた。
夜気は重く、負傷兵のうめき声が陣のあちこちから漏れている。
鎧を脱ぐ力すら残っとらん者も多い。
陣幕の内、松明の火がゆらゆらと揺れた。
沈黙を破ったのは
柴田勝家
「……たわけた話だわ。
武田の攻め、想像以上にえげつにゃあ」
丹羽長秀
「騎馬の動き、速すぎるがね。
追う前に、もう横におる」
原田直政
「このまま追撃食らったら、陣形なんぞ保てゃあせんわ」
佐久間信盛
「正面から受けたら、また崩れるでよ……
正直、今の兵じゃ耐えきれん」
火の粉が、ぱちりと弾ける。
そこへ
織田信長
「……山本勘助、ええ軍師やな。
敵ながら、あの采配は見事だがや」
一同、息を呑む。
信長が敵を褒める、それほどの相手だった。
徳川家康(三河弁・落ち着いた声)
「勘助はの、無理に勝ちに来とらん五分取れりゃ十分、って戦をしとる」
「だから崩れんし、付け入る隙も少にゃあ」
「今のまま動いたら、また裏を取られるでな。こちらから“受ける形”にせにゃならん」
視線が、自然とこちらへ集まる。
織田信長
「玄白」
「何か手は、残っとらんのか」
一拍、息を置いて答えた。
「野戦築城で、武田勢を迎え撃ちます」
陣幕が、ざわつく。
柴田勝家
「城ぉ? 今から間に合うわけにゃあがね」
丹羽長秀
「追いつかれたら終いだでよ」
「城ではありません」
「木を組んだ簡易の柵です」
「前後に壕。深い穴を掘ります」
「騎馬は、地形に弱い」
「速さを殺せば、武田の強みは削げます」
沈黙。
松明の火が、ひときわ揺れた。
徳川家康(三河弁)
「……理にかなっとる。勘助の動きは速いが、突撃は必ず来る」
「それを受け止める場所を作る、というわけじゃな」
織田信長(尾張弁)
「……兵も、だいぶ減ったわ」
「正面からの殴り合いは、もう御免だがや」
一瞬、信長は目を伏せ
「それでいく」
「野戦築城じゃ」
こうして、
木柵と壕、鉄砲を軸にした“受けの陣” が決まった。
武田の猛攻を、真正面から止めるための最後の賭けだった。
◇◇◇
川を挟んだ死線
夜明け前。
武田の追撃隊は、川向こうに現れた。およそ一万。
こちらは、織田・徳川合わせて二万。
だが数の優位など、昨日で信用を失っている。
「鉄砲隊!」
「川を、絶対に渡らすな。構え!」
霧の向こう、武田勢が動いた。
角笛。
鬨の声。
「突撃! 突撃だ!」
「騎馬隊、先陣を切れ!」
川へためらいなく、馬が踏み込む。
【
大量の騎兵を使い、馬が殺されながらも川を渡る強行突撃攻撃の戦術
死んだ馬が筏のように見えた事から、この名がついた。
撃たれた馬が倒れる。
後続の馬は、その背を踏み越えて進む。
川の流れが、たちまち鈍る。
「撃てぇー! 撃てぇー!」
火縄銃の閃光が、一直線に走る。
ぱん、ぱん、ぱん――
乾いた音が、連なって空気を裂く。
馬上の武田兵が、次々と崩れ落ちる。
鎧が水を吸い、身体が引きずり込まれる。
それでも止まらない。
倒れた仲間を踏み台に、
死んだ馬を盾に、
まだ生きている者が、前へ出る。
「絶対に渡らすな!」
「撃て! 間を空けるな!」
弾が尽きる前に、
相手が息絶えるまで。
川面は、色を失った。
水か、血か、もはや判別がつかない。
叫び声は、途中で途切れる。
助けを呼ぶ声は、流れに飲まれる。
(これが戦だ)
(命令がある限り、退くことは許されない)
武田の兵は、恐怖を知りながらも進んだ。
進まねば、背後で斬られることを知っていたからだ。
弾に倒れ、
流れに呑まれ、
名も告げられぬまま消えていく。
川下へ流れていくのは、死体だけではない。
家族の顔、村の景色、帰るはずだった明日すべてが、水に攫われていった。
かわをようやく渡り切った者もいた。
だが、そこには壕と柵。
足を取られ、
馬が止まり、
動いた瞬間を撃たれる。
剣剣を振るう前に倒れるもの。
勇敢だった者ほど、
前に出て、早く死んだ。
川の向こうで、武田の旗は揺れていた。
だが、その下にいた兵の多くは、
もう二度と立ち上がらなかった。
戦場は静かにならない。
ただ、声の種類が変わっただけだ。
命令の声から、
うめきと死へ。
それが、戦の終わり際だった。
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