第5話 だまされました。

徳川・信長連合軍は一時の勢いに乗り、武田軍を押し込んだ。長篠城付近まで退いた武田軍の姿を見て、兵たちはほっと息をついた。


だが、その安堵は長くは続かなかった。


「ぐわっわあくぁあああああ!」

徳川の足軽が叫び、次々と馬の蹄に踏み潰され、槍の先に串刺しにされる。


「敵襲!敵襲!!!」

後方の陣から悲鳴が響く。倒れる兵士の体は泥と血にまみれ、倒れた仲間を踏みつける馬の蹄が無情に血を跳ね飛ばす。


武田の騎馬隊は迂回し、左右から徳川・信長軍を包囲する。

槍を握った騎馬の先端が一列に並ぶと、逃げ場のない兵たちは次々と討ち取られ、血の川が小さな谷間を赤く染めた。


山本勘助は信玄の横で馬上から指示を飛ばす。

「信玄様、今こそ啄木鳥の真価を見せるでごわす!右の翼はゆるやかに押し込み、中央は誘い込むでごわす!」


武田信玄は鋼鉄の軍配を高く掲げ、鋭い眼光で敵を睨みつけた。

「おう、勘助。奴ら、わしの前でひれ伏さんかい、さっさと潰しちまえ!」


徳川の兵士たちは必死に逃げるが、背後から追い詰められた者は槍で突き刺され、馬に蹴り倒され、呻き声も虚しく砂塵と血にまみれる。


「うわあああ!助けてくれー!」

仲間にしがみつこうとするも、重装騎馬に蹴散らされ、谷間に投げ出される。


血と泥にまみれ、槍の先に串刺しになった兵たちの姿は、生き残った者たちの目に焼き付いた。谷間には、もはや誰が敵か味方か分からない混乱が広がっていた。


信玄は馬上で低く唸る。

「信繁、討たれたか…うむ、無念じゃのう…だが、これぞ戦の定め…」

心で泣いた。


山本勘助は冷静に指示を続ける。

「信玄様、後ろに迂回部隊も控えとる。残りの敵も逃げ場はおらんでごわす!」


信玄は頷き、鋼の眼光を戦場の赤い地獄に向けた。

「ほれ、もう一度突け!逃げる奴ら、根こそぎ潰せ!」


谷間では、血にまみれた兵士が叫び、馬の蹄で押し潰され、槍の先に串刺しになり、息絶えていく。


悲鳴と金属音、馬のひづめが岩を打つ音が混ざり合い、昼の光は血の色に染まった戦場を照らしていた。


勘助は軍配を振りながら低く笑った。

「信玄様、啄木鳥の戦法、完璧にごわすな。奴ら、まるで木の中の虫のように引っ張り出されとるでごわす」


信玄は鋼の軍配を地面に突き、怒りと悲しみを混ぜた低い声で呟いた。

「この戦は…まだ終わらん。だが、勘助、お前の采配、ありがたし…」


谷間に響くは、血と悲鳴と、そして戦いの静寂を破る馬の蹄の連打。

戦場は赤く染まり、徳川・信長軍は完全に追い詰められていった。


夜戦へ


太陽が山陰に隠れる頃、長篠の谷間は夜の闇に包まれた。昼間の激戦で戦場は赤黒く染まり、馬の蹄で踏みつけられた泥と血の匂いが夜風に乗って漂う。徳川・信長連合軍は疲弊し、撤退を始めるが、武田の騎馬隊はその影を逃さず追撃する。


「どえらいこっちゃ!後ろから武田の馬が追っかけてくるがや!」

柴田勝家。鎧に血を跳ね飛ばされながら、隊をまとめる。


「おい、木下藤吉郎、まだ死にとらんか?」


「はいはい、拙者、無事でござるが、足軽がぎょうさんやられとるで!」

藤吉郎(秀吉)の声も血と泥でかすれ、息は荒い。


武田騎馬隊は夜の闇を味方にし、尾張・三河の兵を次々に追い詰める。槍の穂先が月明かりに反射し、悲鳴と馬の嘶きが谷間に響く。


「うわぁあああああ!」

槍に突かれた足軽が谷に投げ出され、呻き声が次第に小さくなる。


「死んどる…まだ生きとる者も、のた打ち回っとる…」

佐久間信盛は夜戦の凄まじさに言葉を失う。


山本勘助は馬上で軍配を振り、信玄に囁く。

「信玄様、啄木鳥の戦法、夜の闇でも完璧にごわす。奴ら、逃げ場なくなっとるぞ」


信玄は鋼の軍配を握り、静かに唸る。

「ほう…見事だのう、勘助。昼よりも夜の方が奴らの恐怖が増す…」


徳川・信長軍は血まみれの泥の中で混乱し、撤退する。


「どえりゃあ、もうおらん!谷の中央で死んどる者だらけや!」

前田犬千代が叫ぶ。手足を刺され、鎧には血が飛び散っている。


本多忠勝が後方を振り返り、声を張る。

「おい、のんだら、敵の追撃ばかわさにゃならんぞ!あんだら、まだしぶとく生きとるが!」

蜻蛉切を握る手も血で赤く染まり、馬も泥だらけで蹄を滑らせながら突撃する。


武田の騎馬隊は夜闇を縫うように突き進み、逃げる兵士を次々と串刺しにする。

谷間に積み重なる血まみれの死体、倒れた馬の息づかい、泣き叫ぶ負傷兵の声。


「もう、勘助、奴ら…谷の半分が血に染まっとるが…」

信玄は眉をひそめつつも、戦場の統制を失わない。


夜の戦いは、昼以上に悲惨だった。炎は散り、火の手は落ち着いたが、血の匂いと金属音、馬の蹄の音が夜風に乗って戦場を揺らす。

「この戦、まだ終わらん…だが、敵は相当削がれた…」


勘助の目は暗闇でも正確に味方と敵を見据えていた。


撤退する徳川・信長連合軍は、血まみれの谷間を抜け、疲弊しきった兵士たちの呻きが夜の闇に消えていく。


谷には武田・徳川・織田、三方の血の惨状が残った。馬と人が入り乱れ、夜風に吹かれて血の匂いだけが残る。


長篠の戦い、夜の地獄。人の悲鳴と馬の嘶きが、戦場の真実を物語っていた。


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啄木鳥キツツキの戦法】

啄木鳥は餌をとるとき木の反対側から突っつき虫を驚かせ穴から出てきたところを捕食する機動力のある部隊が迂回して背後から襲う戦法である。

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