第4話 一騎打ちしました。

長篠の戦い


長篠の山岳盆地は、朝の霧が立ちこめ、冷たい風が谷間を吹き抜けとった。

兵士たちの鼻水も凍りつきそうな寒さの中、三万八千の徳川・織田連合軍と、武田十五千の騎馬隊が睨み合う。


「武田家、叩き潰すでぇ!」

信長様の怒声が尾張弁全開で谷間に響く。

「何もかも、ぶっ壊してやるわぁ!」


その瞬間、くの一部隊からの報告が届く。

「殿、北条家の援軍が、もうすぐ合流しますぜ…」


「なんだと!?」


信長様の顔がさらに歪む。尾張弁が止まらん。


「ほんなら、先手必勝じゃ!!カタパルト、打てぇや!!」



「 「 「 「うわぁああああああ!!!」 」 」 」 」

長篠の山岳盆地での大合戦が、両軍勢の突撃と共に始まった。


陶器と鉄の破片が飛び散り、火薬の爆音が山々に轟く。

馬も兵も宙を舞い、谷間の川は血で赤く染まった。


「うおおお、死にてぇ奴からかかってこいや!」

叫ぶ織田兵士。


「ひえぇぇ、おら、死にたくねぇぇ…!」

恐怖に叫ぶ武田兵。


徳川家臣の本多忠勝は、三メートル九十センチの名槍

蜻蛉切とんぼぎりを両手で握り締めていた。


刃先は陽光を噛み、鈍い光を返す。

その柄は長く、太く、戦場の中心で一本の柱のように立っている。


忠勝は馬腹を蹴った。


ドンッ――!


巨躯の騎馬が地を蹴り、武田の騎馬隊へ一直線に突進する。

槍が唸る。

風を切る音が、悲鳴より先に届いた。


ズバァッ!!


最前列の武田兵が、鎧ごと裂けた。

胸から腰まで一直線。

血が噴き、内臓が飛び散り、馬は主を失って暴走する。


「止まれぇぇ!」

武田兵の叫びは、次の瞬間、槍先に潰された。


忠勝は止まらない。

振るのではない。突き、払う。突き、払う。


槍の一閃ごとに、人と馬がまとめて崩れる。

蜻蛉切は骨を断ち、鉄を割り、騎馬隊の隊列に穴を穿っていった。


忠勝は咆哮した。


「どーじゃああああ!!

武田のバカ者ども!!

わしと勝負してみんかぁぁぁ!!」


その声は、戦場を割った。

武田軍の前線がざわめく。


出た。

鬼だ。

徳川の鬼神だ。


その叫びに応えるように、一騎の武将が前に出た。


赤備え。

重厚な鎧。

副大将、武田信繁。


「戯言を……!」

信繁は槍を構え、馬首を一直線に向ける。


ドドドドドッ――!!


二騎の距離が一瞬で詰まる。

土煙が舞い、視界が白くなる。


刹那。


信繁の槍が先に伸びた。

だが


忠勝は一歩も引かない。


身体を半身にずらし、槍を滑らせ、

次の瞬間――


ゴゥンッ!!


蜻蛉切が唸りを上げ、

信繁の槍を柄ごと叩き折った。


「な――っ!」


驚愕の声が漏れた瞬間、もう遅い。


忠勝は、突いた。


ドンッ!!


蜻蛉切の穂先が、

馬の胸を貫き、鎧を砕き、信繁の胴を貫通する。


馬が悲鳴を上げる。

次の瞬間――


真っ二つ。


馬も、人も、まとめて裂けた。


信繁の身体は宙を舞い、

血を撒き散らしながら地に叩きつけられた。


戦場が、凍りつく。


忠勝は馬上で槍を引き抜き、

地に転がる首を見下ろした。


ズン――


蜻蛉切の穂先に、

信繁の首を突き刺す。


血が垂れ、鎧に染みる。


忠勝はそれを

天へ掲げた。


「首、取ったりぃぃぃ!!」


雄叫びが、山に反響する。


「見たかぁぁ!!

これが徳川じゃああ!!」


武田兵の心が、音を立てて折れた。

騎馬隊の進撃が止まり、

恐怖が、隊列を飲み込んでいく。


一人の男が、戦場の流れを、ねじ曲げた瞬間だった。



武田信繁の首が天に掲げられた瞬間

武田信玄の目が鋭く光った。


「な、何…だと……」


信玄の心中は、嵐のように荒れ狂った。

副将を討たれたことの怒り、恐怖、そして瞬時に走る計算――

忠勝一人が、自分の軍を押し潰しかけている。


「こやつ……鬼神か……」


信玄は深く息を吸い、胸の奥の理性を呼び覚ます。

「よし……騎馬隊、さがれや!」


突撃してきた忠勝の恐怖は、戦場全体に伝染した。

武田騎馬隊は互いに距離を取り、後方に退く。

怒号と馬蹄の音が混じり、血の匂いがさらに濃く立ち込めていた。

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