第5話 水攻めしました。
火炎放射器の開発
僕は、新たな武器の考案に没頭していた。
刃でも、矢でもない。恐怖そのものを敵に浴びせる道具だ。
信長様の計らいで、南蛮渡りの石油が密かに運び込まれた。
黒く、粘り、鼻を刺す匂いを放つ液体。
火を食わせれば、消えず、逃げ場を奪い、すべてを包む。
背に桶を負わせ、足踏みの鞴(ふいご)を改良した押し出し式。
狙いを定め、油を浴びせ、遅れて火を投げ込む。
即時着火も考えたが、油を背負う者が一瞬で火達磨になる危険を捨てきれなかった。
まだ、完全ではない。
だが、寺も城も、木と紙でできている。
燃えぬはずがない。
(これで、祈りの砦も地獄に変わる)
鈴木重秀もすでに消えた。
時は満ちていた。
出陣
僕は信長様と共に、本願寺一向宗門徒討伐へ兵を進めた。
火炎点火部隊。
盾兵。
クロスボウガン部隊。
影に紛れるくノ一たち。
山城ゆえ、重装兵と長槍は置いていく。
速さと知略が要る戦だ。
敵は三好三人衆。
三好長逸、三好政康、岩成友通。
正面からぶつかれば、血で血を洗う消耗戦になる。
だから
水を使う。
野田・福島の水城
西は海。
北、南、東は川。
水に守られた城には、水で答える。
近隣の民を倍の賃で雇い、
昼夜を問わず土を運ばせた。
五里に及ぶ堤防を三本。
一月で完成させる。
給水路は断たれ、
城内の溜め池は日に日に痩せていく。
城の者は、まだ耐えられると思っていた。
雨さえ降らなければ。
夏、来る
空が裂けるように鳴り、
雲が渦を巻いた。
雨は叩きつけるのではなく、
落ち続けた。
川は膨れ、
堤防の内側で水がうねる。
合図一つ。
土嚢が外され、木杭が抜かれ、
水は、怒りを解き放たれた獣のように走った。
洪水
最初は足首。
次に膝。
叫ぶ間もなく腰、胸、喉。
城内は混乱に沈んだ。
鎧を着た者は重く、
走るほど沈む。
倒れた者は、起き上がれない。
子を連れた者。
負傷者。
命令を待つ者。
水は誰も選ばなかった。
地面はぬかるみ、足を取られる。
武具は重く、水を吸って動けなくなる。
倉が倒れ、米俵が流される。
井戸は濁流に呑まれ、飲み水は一瞬で失われた。
水位は、膝、腰、胸へと、刻一刻と上がっていく。
「上へ! 上へ登れ!」
兵も門徒も、身分も信仰も関係なく、
人はただ高い場所を求めて押し合った。
城壁、櫓、屋根。
人が人を踏み、引きずり、つかみ合う。
水は容赦しない。
疲れた者から、声を失い、姿を消していく
城壁へ、人が殺到する。
押され、踏まれ、
振り返った瞬間、後ろの者が消えている。
水に引きずられ、渦に呑まれ、
助けを求める声は泡となって消えた。
やがて、城壁の上は人で詰まる。
前へも後ろへも行けない。
その時、号令。
「射て」
矢は雨よりも密に降った。
撃たれた者は水へ。
水へ落ちた者は、浮かばない。
川は、城を丸ごと飲み込み、
人の形をした影だけが、次々と消えていった。
やがて、抵抗は止んだ。
声はなく、動くのは水だけ。
三好勢は、武を誇る前に、自然と策に敗れた。
僕は城跡を見下ろし、
胸の奥に残る重さを振り払うように、息を吐いた。
次は、石山本願寺。
水で道を開き、火で終わらせる。
祈りの城は、祈りでは守れない。
そう、知ってしまった以上、
もう戻れなかった。
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