第11話 寝返り工作をしました。

尾張の国へ戻り、家康と同盟を結んだその一月後。


信長様は広間で足を投げ出し、酒をあおりながら吐き捨てるように言った。


「北畠ん連中、調子こいとるがや。

伊勢ごと、根こそぎ踏み潰したるわ」


重臣たちが黙り込む中、信長様は俺を指さした。


「玄白。

正面から殴る前にやることがあるがね」


「木造具政じゃ。

北畠具教の弟分、腹の中は金勘定ばっかりの男よ」


信長様はニヤリと口の端を歪めた。


「戦で殺す価値もねぇ。

女と銭で転ばせりゃ、それで済むわ」


どぎつい笑いが広間に響く。


「ええか。

誇りだの忠義だの言っとる武将ほど、裏で欲深い。

そこを突け。骨の髄までな」


僕は深く頭を下げた。


(ああ、始まったな。人間の欲望を刺激するやつ

一番汚れて、一番効くやつだ)


(寝返り工作かぁ。やっぱ金と女と権力なんだろうなぁ)


そう腹の中で呟きながら、俺はくノ一を選んだ。

ただ顔がいいだけじゃ駄目だ。

男の虚栄心を撫で、恐怖と期待を同時に植え付けられる女たち。


美人を数人。

それぞれ役割を決める。

一人は甘く、

一人は理知的に、

一人は「何も言わず、ただ側にいる」役。


金もたっぷり持った。

金は即効性がある。だが、金だけでは人は裏切らない。

金は“言い訳”を与える道具だ。


僕は旅に出る。

名目は挨拶、実態は接待。

寝返り工作ヘッドハンティング、命がかかったやつだ。


ええ、そりゃあ喜ばれましたよ。

豪勢な膳、珍しい酒、静かな夜。


三人のくノ一が、順に場を温める。


昔話を聞き、

愚痴を受け止め、

「あなた様ほどの方が、なぜこの扱いを?」と首を傾げる。


これだけで、男の胸は勝手にざわつく。


「あの方(信長様)は、使える者は決して見捨てぬそうです」


その一言が、何よりも効く。


夜が更けるころ、障子の向こうがやけに騒がしくなった。


「えーんかい、どこがえーんじゃ!」


……元気だな、おい。


襖一枚隔てた向こうから、酒の気配と、浮ついた声。

あーもう、うるさい。

明日も僕は仕事なんだけどなぁ。


俺は布団に転がりながら天井を見た。


(俺もそろそろ、いい人見つけないとな……)


そんなことを考えていたら、余計に眠れなくなる。


くノ一を合体すると女になります!


……意味、わかった?

役割を分けた女が、場面ごとに“ひとりの理想像”を形作るってこと。


男って、ほんと単純だ。


俺も男だから、正直、ムラムラしてきた。

いや、これは仕方ない。生理現象だ。


……トイレ行こ。




数日後。


木造具政は、はっきりとは言わなかった。

だが、言葉の端々に“覚悟”が滲んでいた。


「信長殿に……よろしくお伝えくだされ」


それで十分だった。




◇◇◇




報告を聞いた信長様は、腹を抱えて笑った。


「がはははは!

ほーれ見ろ!人間なんてそんなもんだがや!」


「刀で斬るより、女一人の方がよう切れるわ!」


机を叩き、酒をあおる。


「忠義?笑わせるなや。

腹が減りゃ裏切る、先が見えりゃ転ぶ!」


「ようやった玄白。

北畠はもう中から腐っとる」


そして低い声で、楽しそうに言った。


「城は外から落とすもんじゃねぇ。


中から崩す。


これが戦よ」


木造具政の寝返りを合図に、城は次々と孤立した。


兵糧は届かず、援軍も来ない。

疑心暗鬼が城内を満たす。


やがて具教は籠城。

だが信長様は容赦しなかった。


「投げろ。

石でも、火でも、怖ぇもん全部な」


カタパルトが唸り、城内に絶望が降り注ぐ。


数日後。


降伏後の信長様


「生きとるだけ有難いと思えや」


信長様は具教を見下ろし、鼻で笑った。


「娘を出せ。

それで家は残したる」


「嫌なら、城も名も、全部灰だがや」


冷え切った声だった。



結納の席。

雪姫様は静かに座っていた。

政略の犠牲だと、誰もが分かっていた。


信長様は杯を掲げ、ぼそりと吐いた。


「これが天下取りの道よ。

泣くやつが多いほど、先に進める」


中部制圧、完了。


信長様は最後に俺へ言った。


「さて玄白。次は何を壊す?」


俺は答えた。


「鉄砲です。

もっと早く、もっと確実に、人を倒せるように」


信長様はニヤリと笑った。


「ええがや。天下は、優しい道具じゃ取れんでな」


※余談ですが

木造具政は後に、信長様の次男・織田信雄の家老となる。


戦で死なず、

裏切って生き残り、

そしてまた別の主に仕える。


それが戦国だ。


【第二部 完】

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