第10話 首実検しました。
桶狭間の雨上がりの陣。
泥の上に置かれた今川義元の首。
戦のあとの 首実検が始まった。
信長様は近づくなり、鼻で笑った。
「……なんだて、これゃあ」
足で、ごろっと首を転がす。
「今川義元ぁ?
天下に名が知れとった割に、えれぇ間抜けなツラしとるがや」
家臣たち、息を呑む。
「逃げとって討たれたんだと? ははっ、ざまぁねぇわ」
信長様は腰に手を当て、しゃがみ込む。
「おい義元ぁ、聞いとるかぁ?
お前、今日まで天下人のつもりでおったんだろ?」
返事はない。
「この尾張の田舎侍に、首落とされてよぉ
どんな気分だて?」
ぐい、と髪を掴み、顔を覗き込む。
「まぁ、もう何も言えんわな。
口も開かん、目も腐っとる」
吐き捨てるように言った。
「天下?
笑わせるなや。
天下ぁ、噛み殺してでも奪るもんだがや」
立ち上がり、家臣たちを見回す。
「見とけよ、お前ら。
これが逆らった奴の末路だでな」
「情け?
そんなもん、腹の足しにもならんわ」
勝家・藤吉郎・犬千代たち
柴田勝家は歯を食いしばる。
「……殿、言い過ぎだがや」
信長様、即答。
「うるせぇ勝家。
死んだ奴に遠慮して、何の得がある」
木下藤吉郎は愛想笑い。
「へ、へへ……さすが殿でございますなぁ」
信長様、ちらっと見る。
「藤吉郎。
その薄ら笑い、腹立つでやめとけ」
「ひぃっ」
前田犬千代は首を見て、ぽつり。
「……こんなもんのために、人は死ぬんか」
信長様、鼻で笑う。
「そうだがや。
人ぁ、下らんもんのために死ぬ生き物だで」
勝ったのに、誰も笑わない
信長様は首から視線を外し、空を見た。
「……ちっ」
「雨が降らにゃ、わし死んどったかもしれんな」
一瞬だけ、沈黙。
だがすぐに、いつもの下品な声に戻る。
「まぁええわ。
運も実力のうちだでな!」
振り返り、叫ぶ。
「さぁ次だ、次!
今川一匹潰したぐらいで、浮かれとる暇ぁないわ!」
「この国、全部
わしの名前で塗り潰してやるでよぉ!」
誰も歓声を上げない。
今川義元に勝った。
だが信長様の言葉は、人の心を一つも救わなかった。
それでも。
その背中を見て、誰も逆らえないと、全員が悟っていた。
◇◇◇
桶狭間で主君を失った今川軍は、完全に瓦解した。
松井宗信、久野元宗、井伊直盛、由比正信
名のある武将たちは最前線で命を落とし、残兵は駿河へと逃げ帰った。
その混乱の隙を突き、今川家の豪族・松平元康は岡崎城へ入城。
今川と決別し、信長様と手を結ぶ。
清州同盟。
歴史の歯車は、音を立てて噛み合った。
やがて元康は名を変える。
徳川家康。
今川家は、
武田と徳川に挟まれ、
静かに、確実に、滅んでいった。
_____________________
【首実検とは?】
合戦が終わると、武将や兵が討ち取った敵の首級(しゅきゅう=切り取った首)を持ち帰ります。それを主君や大将の前に並べて確認するのが首実検です。
目的は主に3つあります。
① 戦果の確認
本当に有名な武将か?
重要人物か?
なりすましではないか?
を確認します。
② 論功行賞(評価)の根拠
誰がどの首を討ち取ったかをはっきりさせる
その後の恩賞(知行・褒美・出世)を決める材料
首実検は出世の審査会でもありました。
③ 敵味方への示威
敵に「大将は討たれた」と示す
味方に「勝った」という事実を示す
精神的な意味も大きい儀式です。
実際の首実検の流れ(ざっくり)
首を洗う
血や泥を落とし、髪を整える(※礼儀の一種)
名乗り・証拠の確認
・誰の首か
・どこで討ったか
・討ち取った者は誰か
主君が確認
顔を見て、
- 「間違いない」
- 「確かに〇〇だ」
と認める
記録・評価
討ち取った者の名前が記録され、後日褒賞が決まる
「実検(じっけん)」という言葉なのか
「実検」は実物を検(あらた)めるという意味です。
つまり、書類や報告ではなく、現物を見て確認する
戦国時代らしい、非常に現実的な制度です。
有名な首実検の例
桶狭間の戦い:今川義元の首実検
本能寺の変:信長の首を探すも見つからず
関ヶ原の戦い:大量の首が集められた
特に関ヶ原では、何千もの首が集まったと記録があります。
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