第8話 突撃をしました。
【桶狭間の戦い】
今川軍に第一、第二、第三の砦を次々と焼き払われ、
織田信長の軍はわずか二千。
三十騎ほどの騎馬隊を従え、桶狭間にある山頂の山寺に集結していた。
空は重く曇っているが、雨は降らない。
信長様は腕を組み、苛立ちを隠そうともせず歩き回る。
「玄白の言うた雨、いっこうに降らんがや!」
「空ぁ、寝とるんか!コラァ!」
何度も空を睨みつけ、歯噛みする。
「今川の大軍、桶狭間へ進軍中との報せにございます」
信長様は舌打ちした。
「もう待てん!」
「これ以上待っとったら、兵の肝が腐るわ!」
「行くぞ!奇襲じゃ!」
そして。
山を割るように、織田軍二千が一斉に駆け下りた。
「突撃じゃあああ!」
「遅れた奴ぁ、置いてくぞ!」
だが、その瞬間。
ぱん!
ぱんぱん!
今川軍の鉄砲隊が、下から撃ち上げてきた。
「突撃!突撃せよ!」
その声を聞いた瞬間、
僕の背筋が、氷水を流し込まれたみたいに凍りついた。
――え?
山の上を見る。
信長様の軍勢、二千。
三十騎ほどの騎馬を先頭に、山を滑り落ちるような勢いで降りてくる。
速い。
速すぎる。
待て。
まだだ。
雨が降ってない。
信長さーーーま!!
我慢できずに、行っちゃったよ!!
「……くそっ!」
喉が張り付く。
頭の中で、嫌な想像が一気に膨らむ。
――今川軍の鉄砲隊。
――下から撃ち上げ。
――雨なし。
――火薬、乾燥。
最悪の条件が、全部そろってる。
「装甲車の部隊とハングライダーの部隊!」
「信長様を援護せよ!!」
叫びながら、僕は必死に前を見る。
その瞬間だった。
山の下
今川軍の陣が、ゆっくりと動いた。
鉄砲隊。
黒く、整然と並んだ列が、
じわじわと前へ出てくる。
銃口が
上を向いた。
……やめろ。
狙うな。
狙うな、狙うな、狙うな。
「放てぇーーー!!」
乾いた声が、戦場に裂けた。
ぱん!
ぱんぱん!
ぱんぱん!ぱんぱん!
音が遅れて、衝撃が来る。
「うわあぁああああ!!」
信長様の先陣。
騎馬が、不自然に跳ねた。
次の瞬間、
人と馬が、絡まり合って転がる。
一騎。
二騎。
三騎。
十騎ほどが、一気に地面に叩きつけられた。
血が跳ねる。
泥に吸われる。
「殿の馬が倒れたぞ!!」
「殿に近いぞ!!」
近い?
一瞬、視界が狭くなる。
信長様が、見える。
倒れた馬のすぐ後ろ。
飛び散った血の中に、あの赤い甲冑。
立っている。
だが近すぎる。
次の鉄砲隊の一斉射で、
あそこに弾が集中したら
まずい。
まずいまずいまずいまずい。
ここで討ち死に?
返り討ち?
桶狭間どころじゃない。
織田信長が、ここで死ぬ。
歴史が、終わる。
「第二鉄砲隊、前へ!」
今川軍の声が、はっきり聞こえた。
鉄砲隊が一歩、前に出る。
銃口が、再び上を向く。
狙いは一点。
信長様の周囲。
「殿ーーーっ!!」
声が出ない。
足が動かない。
時間が、異様に遅くなる。
火縄に火が近づくのが、見える。
指が、引き金にかかるのが、見える。
僕は
反射的に目をつぶった。
(ああ、もう終わりだ。
ここで全部、終わる。)
そう思った、その瞬間
ポツ。
頬に、冷たいものが当たった。
……え?
次の瞬間、
ポツ、ポツ。
音が変わる。
土を打つ音。
鎧を叩く音。
そして
ざああああああああああああ!!
世界が、白く潰れた。
雨。
滝みたいな豪雨。
鉄砲の火縄が、
一斉に、じゅっと音を立てて消えた。
僕は、目を見開いた。
信長様はまだ、生きている。
まだ、立っている。
ギリギリだった。
本当に、あと一呼吸。
「雨だぁ!雨が降ったあああああ!」
空から突如豪雨が振り出し、今川軍の鉄砲隊は火薬が湿り、鉄砲が撃てなくなった。
歴史は、紙一重で、踏みとどまった。
僕の心臓は、しばらく、戦場の音よりもうるさく鳴り続けていた。
泥と血と雨の中、
織田軍は再び一つの塊となり、今川本陣へ雪崩れ込んでいった。
信長様は叫ぶ。
「見とけよ、義元!」
「今日が貴様の命日だがや!」
雷鳴が轟き、
桶狭間は、完全に狂気の戦場と化した。
僕の戦国時代は、ここで再び動き出した。
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