第4話 干し殺しをしました。
六角家の観音寺城を囲んで二ヶ月が過ぎた。
最初は余裕を見せていた六角家の兵たちも、日に日に口数が減っていった。
米は底をつき、粥は水のように薄まり、最後は草の根や革帯まで煮て食う始末だった。
城内では争いが起きた。
配給の順番、隠し持った乾物、死人の持ち物。
武士の誇りは、空腹の前ではあまりにも脆かった。
「……もう、あかん……」
「昨日、あの部屋で三人死んどったぞ……」
餓死者は日に日に増え、
城は静かに、確実に狂っていった。
一方、城の外。
藤吉郎のちの秀吉は、陣の中央で腕を組み、城を見上げていた。
その顔には、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「ほーれ、まだ粘っとるわ」
「人っちゅうのはなぁ、腹が減ると本性が出るもんだで」
家臣が不安げに言う。
「殿……城内では、もう餓死者が……」
藤吉郎は肩をすくめ、尾張弁で軽く笑った。
「知らんがね」
「食い物がある思っとるうちに降らん方が悪いんだわ」
「水も米も、一粒も入れたるな」
「欲しけりゃ、城門を開けりゃええだけの話だがね」
その笑顔は、異様だった。
怒りも憎しみもない。
ただ、人を“物”として扱う冷たさだけがあった。
【兵糧攻め=干し殺し(飢え殺し)】
古代から伝わる城攻めの戦法。
相手の食糧を断ち、城を包囲し、
絶望感によって自滅させる。
藤吉郎(秀吉)はこの戦法を、異常なほど好んだ。
(水を断つ水攻めもまた然り)
「斬らんでええ」
「燃やさんでええ」
「腹が減りゃ、人は勝手に壊れるで」
そう言って、藤吉郎は城を見て笑った。
「ほら見てみぃ」
「もう、仲間同士で噛み合っとるがね」
二ヶ月後。
六角義賢、六角義治は
骨と皮だけの姿で、城門を開け放ち、降伏した。
ガリガリに痩せ細り、
もはや“武将”と呼べる姿ではなかった。
「……あー、可哀そうだがね」
藤吉郎は、あくまで軽い調子で言った。
「ほれ、はよ水と食い物持ってったれ」
「これ以上死なれたら、後始末が面倒だで」
そして、降伏した六角家を見下ろしながら、
にやりと尾張弁で付け加えた。
「恨むなら、わしじゃないで」
「わしに逆らった自分らを恨みゃあええ」
「……まぁ」
「どうしても誰か恨みたいんなら――」
一拍置いて。
「信長様を恨みゃあええわなぁ」
その声は、冗談のようでいて、
どこまでも本気だった。
この戦法は、人道的とは言えない。
しかし、味方の損害は最小で済む。
藤吉郎にとって重要なのは、
人を殺さないことではない。
「自分の手を汚さず、確実に勝つこと」
それだけだった。
城は落ちた。
だが、人の心は
そのずっと前に、干上がっていた。
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