第一部 尾張編

第1話 出会いました。

廻る、回るよ時代はまわる。


そんな歌のフレーズが、頭の中でぐるぐる巡っていた。


小学生の頃にやった、あの遊びみたいだ。

地面にバットを立てて、額を押し当てて、ぐるぐる回る。

そして——そのまま真っ直ぐ歩こうとして、盛大によろける。


世界が、横倒しになる。

上下も左右も、ぐちゃぐちゃだ。


(……やばい、まだ回ってる)


視界が、ねじれる。

音が、遅れて届く。


僕は、恐る恐る薄目を開けた。


眩しい。


(……天国? それとも地獄?)


その瞬間——


「おい! こいつ、生きとるみてぇだがや!」


顔の、ほんの五センチ先。


真っ黒に日焼けした若い男の顔が、どアップで迫っていた。


(近っ!! 鼻ぶつかる!!)


二十歳くらい。

着物を羽織り、頭は……ちょんまげ?


(え、なに? 時代劇? コスプレイベント?)


「若! あぶのうござりまする!

こやつ、見たこともねぇ身なり! 怪しさ満点だで!」


別の男が叫ぶ。

鎧は簡素、槍を持っている。どう見ても足軽だ。


「離れとった方がええですぞ!」


「ええでええで! そんな怯えるな!」


最初の焼けた男が、豪快に笑った。


「おい! そいつ、屋敷まで連れて来い!」


「若ぁ! 屋敷に入れる言うんですか!?

無法者か、闇討ちの間者かもしれませんぞ!」


「だでええ言うとるだろ!

縄で縛って連れて来い!」


そう言い残し、若様らしき男は

立派な栗毛の馬にひらりと跨がり、去っていった。


次の瞬間。


ぎゅっ。


「いてててて!!」


両腕を後ろに回され、

思いきり縄で縛られた。


「ちょっ、人権!!

人権どこ行った!? 僕なにした!?」


「交番! 交番は!?

弁護士呼んで! 僕、悪いことしてない!」


「なに訳の分からんこと言っとるだ!」

「さっさと立たんか!」


ガン!


尻に、強烈な蹴り。


「痛っ!!」


条件反射で立ち上がる。


——その瞬間、視界に入った光景で、言葉を失った。


田んぼ。

畑。

藁葺きの家。


電柱も、街灯も、アスファルトもない。


(……え?)


僕を縛って歩かせているのは、

槍を持った足軽姿の男。


全員、着物。

全員、ちょんまげ。


(……ここ、どこ?)


本気で、頭が冷えていく。


「おい! ぐずぐずすんな!

陽ぃ暮れてまうがや!」


ドン!


今度は背中を殴られた。


(ドッキリ?

大河ドラマ?

いや……こんなリアルな暴力ある?)


空を見上げる。


広い。

やけに広い。


人工物が、何一つない。


(……冗談じゃない)


歩かされ、

引きずられ、

辿り着いたのは——屋敷。


平屋造りだが、広い。

門の前に、槍を持った兵が二人。


「怪しげなもん、連れて来ましたがや!」


(怪しいのは、そっちだろ……)


中へ。


中央の広間。


そこに——

全ての空気を支配している男がいた。


「はっはっは!

おもしれぇなぁ、そちは!」


声が、でかい。

腹の底まで響く。


「若ぁ!

こやつ、でたらめばっか申す狂人でござる!」


「いやいや! おもしれぇ!」


男は、目を細めて僕を見る。


「なに?

そちの時代には、四つの輪で走る馬もおらん乗り物があると?」


「空も飛ぶと申しましたぞ!」


「ばっかな事あるかぁ!」

「馬はどこ行っただ!」


「えっと……牧場とか、競馬場に……」


「ぼくじょう? けいばじょう?

さっぱり分からん! もっと喋れ!」


——このとき、はっきり分かった。


(……戻れてない)


ここは、夢でも事故後の幻覚でもない。


——本物だ。


僕は、現代の話をした。

電車。

車。

飛行機。

スマホ。


周囲は、

「はぁ?」

「なに言っとるだ?」

と、ざわつく。


「未来っちゅうのは……

なかなか、えげつねぇなぁ」


男は、にやりと笑った。


「そち、名は?」


「……田中です」


「田中?

ほぉ、妙な名だがや」


「若ぁ! 外へ放り出しましょう!」


「黙れ!」


一喝。


空気が、凍った。


「儂に文句あるもん、前へ出てみぃ!」


誰も、動かない。


「……で?

儂は、これからどうなる?」


「……どちら様でしょうか」


男は、胸を張った。


「儂か?

織田三郎信長だがや!」(織田信長)


世界が、止まった。


(……詰んだ)

織田信長といえば

気に入らん奴は斬る人!

短気で殴る蹴る暴力で支配 本能寺で死亡


心の中で、警報が鳴りっぱなしだ。


「儂は、何歳まで生きる?」


「……五十歳くらい、だったと……」


「なにぃ!?

五十だと!?」


目が、ぎらりと光る。


(終わった……)


だが——


「つまり!

儂は、天下取っとるっちゅう事だな!」


(そこ!?)


「……そう、ですね」


「よし!

田中、気に入った!」


「若ぁ!?」


「そち、儂の占術者として召抱える!」


「困ったとき、助言せぇ!」


「……住めるんですか?」


「当たり前だがや!部屋を用意せぇ!

飯、食わせたれ!」


こうして。


僕は、

命がけの戦国面接に合格した。


明日、生きてる保証はない。


でも


確実に言える。


幸か不幸か僕はもう、

戦国時代に来てしまった。




(こやつ……

儂の人生を、変えるかもしれんな)


織田信長は、未来から来た怪しげな男、田中を、じっと睨みつけていた。

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