【第五部 完】僕の戦国時代ー僕が戦国の歴史を変える物語

虫松

序章 退屈な毎日

僕は、退屈だった。


つい最近、就職が決まった。

小さな工場での事務作業。

毎日、同じ机に座り、同じ書類に目を通す。


今日も明日も、その先も、たぶんずっと同じだ。


こんな人生を望んでいたわけじゃない。

彼女はいない。

趣味はパソコンとゲーム。

はい、オタクです。


工業高等専門学校を出ている。

図面は引けるし、機械の構造もわかる。

でも、それが何になる?


好きなのは歴史シミュレーションゲームだ。

三国志、信長の◯望、ファイヤーエ◯レム。


兵を動かし、策を巡らせ、裏切りを仕込み、

忍者で情報を集め、政略結婚で同盟を結ぶ。


軍隊を動かす指揮官。最高だ。

しかし、現実の僕は、誰一人動かせないのに。


戦国時代は、毎日が命がけだったはずだ。

生きるか死ぬか。

迷えば終わり。


……少なくとも、退屈ではなかっただろう。


その日も、いつも通りだった。


朝、同じ道を通って出勤し、

夜、同じ道を通って帰るはずだった。


だが、工事中の看板が立っていた。


【この先工事中 迂回してください】


(人生、迂回ばっかだな……)


ため息をつき、指示通りに脇道へ入る。


暗い夜道。

街灯はまばらで、足元がよく見えない。


そのとき――


チャリン!


鈴の音。


(……ん?)


何かを蹴った感触がして、足を止めた。

地面に落ちていたのは、鈴のついた古い髪留めだった。


先端は尖り、金属部分は錆びついて黒ずんでいる。


(……落とし物か?)


拾い上げた瞬間、


クラッ——!!


視界が、ひっくり返った。


(!?)


頭の奥を、ハンマーで殴られたような衝撃。

耳鳴り。

足元がぐにゃりと歪む。


(目が……回る……!)


天地が反転し、

夜道が渦を巻く。


心臓の鼓動が、異常な速さで跳ね上がる。


(な、なんだ……!?)


鈴が、チャリン、チャリンと不規則に鳴る。


音が、遠くなり、近づき、また遠ざかる。


まるで——

時間そのものが、回転しているみたいだ。


視界の端が暗くなり、

色が抜け、

意識が薄く剥がされていく。


——引きずられる。


どこかへ。


「……っ!」


次の瞬間、すべてが元に戻った。


(……?)


夜道。

自分の呼吸。

手の中の髪留め。


(……気のせいか?)


鈴は、もう鳴っていない。


(かなり古いな……)


とりあえず、僕は後ろのポケットに、それを入れた。


(あとで交番に届けるか)


「よう、久しぶり!」


背後から声をかけられ、肩が跳ねた。


振り返ると、そこにいたのは三好だった。

小学校の同級生。


私立高校から一流大学、

大手金融会社に就職。

イケメン。


しかも、腕を組んでいるのは——可愛い女性。


(神様……不公平すぎません?)


「デート中?」


「まあな。この子、俺の彼女。菊川さん」


「菊川です。はじめまして」


「……田中です」


名前を言っただけなのに、妙に惨めだ。


田中。

平凡。

農民感。


菊川さんは、黒髪で上品な大和撫子だった。

育ちの良さが、にじみ出ている。


話を聞くと、初代総理大臣の親戚らしい。


(……名前、誰だっけ)


きっと時代が違えば、

僕は田んぼで頭を下げ、

彼女の牛車が通り過ぎるのを待っていた。


「……えっと?」


気づけば、じっと見つめてしまっていた。


「す、すみません」


謝るしかなかった。


流れで飲みに行った。


楽しかった。

笑った。


茶道、日本舞踊、家族の話。


(付き合いたいな……)


無理だ。


三好のエリート談義は正直つまらなかったが、

二人はよく似合っていた。


そして、別れ。

また一人。

(この先、僕はずっと一人か……)


孤独死、という言葉が頭をよぎる。


コンビニでビールを買い、

財布を探して


チャリン。


ポケットの中の髪留め。


(あ……交番に行くか)


髪留めを握りしめ、横断歩道を渡る。


信号は青。


その瞬間


巨大なトラックが、赤信号を無視して突っ込んできた。


(……え?)


理解する前に、衝撃。


体が宙を舞う。


世界が、スローモーションになる。


チャリン!


鈴の音。


強く、鮮明に。


視界が回転し、

街の灯りが線になって流れ、

時間が、再び崩れ落ちる。


(……あ、これ……)


目が、回る。


ぐるぐると、

意識が剥がされ、

何かに引きずり込まれる。


(……死んだ?)


痛みはない。

重さもない。


ただ——

落ちていく感覚だけがあった。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@




次に目を開けたとき。

空は、夕焼けだった。


僕は、稲刈りの終わった田んぼの真ん中で、

仰向けに、大の字で倒れていた。


風が、稲の匂いを運ぶ。


(……田中だから……田んぼ、か)


空が、やけに広かった。


ここは、どこだ?


続く

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