第40話

一馬は震える手でバイザーのフレームを叩き、マザー・ブレインの膨大なメモリ領域を再編しました。

視界の隅に、歩いてきた道のりが精緻な3Dマップとして刻まれていきます。


「……慎重にいこう。ここはもう、今までの常識が通じる場所じゃない」


壁沿いを、気配を殺して進む一馬。分岐点を右へ曲がり、その先の角からわずかに視界を覗かせた瞬間――彼の心臓は、凍りついたように停止しました。



曲がり角の先、爆心地のようなクレーターの中央に、その**「緑色の人影」**は立っていました。


ただ立っているだけ。それなのに、そこから放たれる「死の影」の奔流が、一馬の全身の毛穴から入り込み、脳を、脊髄を、直接掻き回すような恐怖を叩き込んできました。


(――アレは、ダメだ。関われば、一瞬で消される)


一馬は、これまでダンジョンを創意工夫で切り抜けてきた自負がありました。女性が主役のこの世界で、男でありながら深層まで到達した自分は、かなりの強者ではないか……そんな思い上がりが、心のどこかにあったのかもしれません。


しかし、その「緑」を見た瞬間、そんな矜持は塵となって吹き飛びました。圧倒的な理不尽。生存を許さない存在

一馬は音を消し、這うようにしてその場を離れました。分岐点まで戻ってきたとき、耐えきれず膝をつき、激しい吐き気に襲われました。


「う、……っ、げほっ……!」


空腹ゆえに胃液しか出ませんでしたが、その酸っぱい味が、自分の無力さを象徴しているようでした。


震えが止まらない。一馬はポーチから「聖水」を取り出し、口をゆすいでから一口飲み込みました。

清浄な魔力が喉を通り、ようやく脳が冷静さを取り戻し始めます。


「……そうだ。俺は最強の戦士になりに来たわけじゃない……。工夫と、クラフトと、ホームセンターの資材で……死に物狂いで生き残ってきたんだ」


死を悟るほどの恐怖を味わってもなお、一馬の心は完全に折れてはいませんでした。


勝てないなら、今は避ける。工夫が足りないなら、また作ればいい。


一馬は震える足で立ち上がり、今度は「左」の通路へと足を踏み出しました。



左側の通路は、右側のような破壊の痕跡はなく、深い森の奥にある静かな獣道のようでした。


空気中に漂う魔力濃度は依然として高いものの、あの中毒的な死の気配は薄らいでいます。

しかし、一馬は気づいていました。バイザーのマッピング機能が、この階層の「異常な広さ」を示唆していることに。


「……あいつに会わずに済む道なら、どんなに険しくても構わない」


一馬は『極光』を短く持ち直し、暗がりの先へと進みました。


しばらく進むと、通路の脇に**「巨大な樹木」の根**が露出している場所に辿り着きました。

その根は、まるで血管のように淡く発光しており、一馬のバイザーが「未知の超高密度エネルギー源」として警告を発します。


【現在のステータスと装備】

■ パラメータ

* 名前: 佐藤 一馬(24)

* レベル: 4.05

* 称号: 死線を覗きし者

* 状態: 極度の緊張・精神的疲労(聖水により鎮静中)

■ 装備品

* 頭部: 予知型バイザー(マザー・メモリ拡張・マッピング追加)

* 武器: 魔導可変兵器・極光(アトラス・バスター)

* 防具: 白金生体聖護外套



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