第36話

一馬は、マザー・システムの残骸から得られた安堵感に浸る間もありませんでした。


​崩壊した肉の脳の奥に現れた、光り輝く「七階層への扉」。次の攻略に備えて地形だけでも確認しておこうと、一馬がその扉を数センチだけ押し開けた、その時でした。


​「……うわっ!?」


​足元から「地面」という概念が消失しました。


正確には、重力のベクトルが真横――扉の奥へと突如として書き換えられたのです。


一馬はメンテナンス途中のボロボロの装備のまま、吸い込まれるように七階層へと落下していきました。


​ドォン! と、一馬の背中が硬い壁(今の彼にとっては床)に叩きつけられました。


​「つ、つぅ……。なんだ、ここは……。上下がめちゃくちゃだぞ」


​一馬が顔を上げると、そこは上下左右の区別がない、立方体の部屋が連結された巨大な空間でした。四方の壁にはそれぞれ異なる調度品や階段が設置されており、どの面が「下」になってもおかしくない異様な構造をしています。


​【鑑定:重力交差(七階層・変動領域)】

説明:空間内の重力方向が、一定周期でランダムに反転・旋回する迷宮。物理的なバランス感覚は無意味であり、対応できぬ者は壁に叩きつけられ、圧砕される。


​一馬は慌てて立ち上がろうとしましたが、肩の装甲はひび割れ、バイザーにはノイズが走っています。メンテナンスも補給も一切できていない、最悪のコンディションでの攻略開始。


​チーン――。


​不気味な警告音が部屋に響きました。


「……っ、嫌な予感だ!」


​次の瞬間、重力が「真上」に切り替わりました。


「ぐわぁっ!」


天井へと叩きつけられ、受け身も取れずに床(旧天井)へ激突。さらに五秒後には重力が斜めへと旋回し、一馬の体は部屋の隅へと激しく転がされました。


​「……ハッ、ハッ……ふざけるな。メンテくらい……させてくれよ……!」


​一馬は、激しく揺れ動く視界の中で、無限ポーチを必死に掴みました。


一階層への直通エレベーターは、もうはるか頭上(あるいは足元)の扉の向こう。


今、彼が頼れるのは、六階層で手に入れたばかりの**「レベル4の権能」**と、ポーチの中にわずかに残った資材だけでした。


​「……重力を制せなきゃ、ここで一生壁に叩きつけられて終わりだ。やるしかない……この極限状態で『新装備』を組む!」


​一馬は、翻弄される体を引きずりながら、重力変化の合間を縫って【作業台】を起動しました。


​【現在のステータスと装備】

​■ パラメータ

​名前: 佐藤 一馬(24)

​レベル: 4.00

​状態: 最悪(重力変化による三半規管の異常、全身の打撲、装備の損耗)

​■ 装備品

​武器: 魔導可変兵器・極光(アトラス・バスター)(放熱不足、出力低下中)

​防具: 白金生体聖護外套(自己修復が追い付かないほどの連続打撃)

​道具: 銀翼の無限ポーチ(※レベル4の機能がアンロックされたばかり)




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