第8話

一馬は、手元の素材とスマートフォンを交互に見つめ、作戦を練った。

​「そのままじゃ『魔物の素材』だ。なら、誰が見ても『便利な日用品』にまで作り替えるしかない」

​一馬は【作業台】を起動した。

まず取り出したのは、ネズミの毛皮だ。スカベンジャー・ラットの毛皮は、泥や汚れを弾く性質があり、非常に丈夫だ。これをスキルの力で細かく分解し、繊維状に再構成していく。そこに百円ショップで買った安物のナイロン生地を混ぜ合わせ、一種の「合成皮革」へと変質させた。

​さらに、砕いた魔晶石の粉末を塗料に混ぜ込み、表面をコーティングする。

​『クラフト完了:超撥水・防汚スマホポーチ(偽装)』

説明:魔物の特性を活かした日用品。汚れを完全に弾き、刃物でも傷つきにくい。魔力的反応は極限まで抑え込まれています。

​「よし……見た目はちょっと高級なガジェットポーチだ。これなら怪しまれない」

​一馬は慎重に写真を撮り、大手フリマアプリに匿名で出品した。

説明文には「自作のハンドメイド品。特殊なコーティング済み」とだけ記載する。

期待に胸を膨らませ、一馬は「売上金で次の装備や食料が買えるはずだ」と計算していた。

​しかし、現実は非情だった。

​「……売れない」

​数時間が経過しても、つくのは数件の「いいね」だけ。

ようやく届いたコメントは、期待していたものではなかった。

​『これ、どこのブランドですか? 似たようなのが300円で売ってましたけど』

『1500円は高いですね。500円なら買います』

​「……嘘だろ」

​一馬は絶句した。

命がけで仕留めた魔物の素材。自分のスキルをフル活用して作り上げた逸品。

それが、世間一般の認識では「100均や格安雑貨店の既製品」と同レベル、あるいはそれ以下の価値しか付けられないのだ。

​それもそのはずだ。女性探索者たちにとって、スカベンジャー・ラットは「掃除のついでに駆除される害獣」に過ぎない。その素材から作られる製品など、市場には溢れかえっており、わざわざ無名の個人から高値で買う理由がないのだ。

​「俺にとっては死ぬ気で手に入れた宝物でも……この世界じゃ、ゴミ同然なのか」

​結局、数日かけてようやく一点が1,000円で売れた。

手数料と送料、そして材料費を差し引けば、手元に残ったのはわずか300円ほど。

一ヶ月ギリギリの生活費をもらっている身にとって、300円は大金だが、あの死闘の対価としてはあまりにも虚しかった。

​「レベル上げも亀の歩み。金策も……これじゃ、まともな装備を整える前に餓死するか、アパートの更新料が払えなくなる」

​一馬は、暗い部屋の中で膝を抱えた。

ダンジョンに入れるという「奇跡」を手に入れても、社会のシステムと圧倒的な格差が、重くのしかかってくる。

​「……でも、やるしかないんだ」

​一馬は、売れ残ったポーチを手に取り、その感触を確かめた。

次は、もっと付加価値の高いものを作る必要がある。あるいは、もっと深い階層へ行き、ラット以上の「価値ある魔物」を狩るしかない。

​「優しくなんてしてくれないな、この世界は」

​一馬は自嘲気味に笑うと、空腹に耐えながら、再び【作業台】に向かった。

300円の利益。それは微々たるものだが、国家の「保護」ではなく、自分の力で初めて稼いだ、血の通った対価だった。

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