第7話
一馬はアドレナリンが引いていくのを感じながら、二匹目のネズミからも手際よく前歯を抉り出した。
水場を探してさらに奥へ……と考えたが、ナビゲートの返答は無情だった。
『周辺に水源は確認できません。深部へ進むには、飲料水の携行を推奨します』
「……そうだよな。ここは俺の家の押し入れの先なんだ。深追いして行き倒れたら洒落にならない」
一馬は、血の匂いが染み付いたバールと、ネズミの牙や毛皮が入ったビニール袋を抱え、境界線を越えて自室へと戻った。
六畳一間の安堵感。しかし、戻った瞬間に強烈な獣臭が一馬の鼻を突く。
「うわ、臭い……。これ、換気しないとマズいな」
慌てて窓を開けようとして、一馬の手が止まった。
「待てよ。この素材……どうやって金にするんだ?」
一馬は、血の付いたネズミの牙を机の上に並べ、青ざめた。
この世界でダンジョン資源を現金化するには、法的に決められた公的機関を通す必要がある。
一つは、国が直轄する**『ダンジョン省』。
もう一つは、その外郭団体である通称『ギルド(ダンジョン資源出張所)』**。
だが、そこは一馬のような男が行く場所ではない。
ダンジョンの入り口すら通れないはずの男が、血の滴る魔物の素材を持って窓口に現れたらどうなるか。
「……『どこで手に入れた?』って聞かれるに決まってる」
男性保護法下の日本では、男性が武器を持つことも、ましてや魔物を狩ることも想定されていない。
「知り合いの女性探索者からもらった」と嘘を吐くにも限度がある。数個ならまだしも、これから継続的に持ち込めば、間違いなく「未登録ダンジョンの隠匿」や「不法入手」の疑いでダンジョン省の査察が入るだろう。
最悪の場合、この「自分だけの居場所」が国家に接収され、一馬は研究対象として拘束されるかもしれない。
「男性保護法は……俺たちを『守る』ための法律だけど、同時に『檻』でもあるんだな」
成人男性が受け取る最低限の生命維持費。それは、余計なことをせず、ただ大人しく種として存在していろという無言の圧力だ。
社会の歯車にすらなれず、かといって新しい可能性(ダンジョン)を手に入れても、それを表に出すことすら許されない。
一馬は、ボロボロになった自分の手を見つめた。
せっかく手に入れた「前歯」も「毛皮」も、このままではただの臭うゴミだ。
「……いや、待てよ。鑑定……」
一馬は机の上の素材をじっと見つめ、頭の中でナビゲートに問いかけた。
「これらをそのまま売るのが無理なら、加工して『別の何か』に見せかけることはできないか? 【作業台】で、日常品や、別の工芸品に偽装するんだ」
『提案:【作業台】のレシピを確認。スカベンジャー・ラットの毛皮と魔晶石の粉末を混合し、家庭用の「高機能断熱材」または「撥水加工布」として再構成可能です。これらはフリマアプリ等で個人間取引される物品に酷似させることができます』
一馬の目に、再び光が宿った。
正規のルートがダメなら、自分のスキルを使って「法の網」を潜り抜けるしかない。
世界の王になる気はない。だが、この不条理な社会の片隅で、静かに、そして確実に「自立」してやる。
「まずは……この臭いを消して、偽装工作の準備だ」
一馬は、残り少ない貯金を握りしめ、再びスマートフォンで「材料」を検索し始めた。
彼は今、物理的な戦いだけでなく、社会という名の巨大な壁との戦いにも足を踏み入れようとしていた。
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