第2話

​一歩踏み出した先は、アパートの自室とは完全に切り離された異界だった。


天井には発光する苔が群生し、壁面からは剥き出しの水晶が芽吹いている。


​その瞬間、頭の中に透明感のある無機質な声が響いた。


​『個体識別:佐藤一馬を検知。適合条件をクリア』

『固有ダンジョン「マイルーム・クレイドル」を起動します』

『初期スキル:【作業台】【鑑定(ナビゲート付)】を展開します』


​「なっ……なんだ、今の声は!?」


​慌てて周囲を見渡すが、誰もいない。

代わりに、一馬の視界に半透明のウィンドウが浮かび上がった。


​【ステータス】

名前: 佐藤 一馬(24)

種族: 人間(男)

レベル: 1

スキル:

​【作業台】:触れた素材を加工し、簡易的な道具やポーションを生成する。

​【鑑定(ナビゲート付)】:対象の情報を読み取り、最適な行動指針を提示する。 


​「鑑定……ナビゲート……。これ、女性の探査者たちが言っていた『スキル』なのか?」


​信じられなかった。男には発現しないはずの力が、自分の内に宿っている。

足元の石を拾ってみる。 


​【鑑定結果:劣化魔晶石の欠片】


説明:微量の魔力を含んだ石。今のあなたの腕力では、直接砕くことは不可能です。

ナビ:【作業台】を使用し、鋭利な石と組み合わせることで「即席の砕岩具」を作成可能です。


​「すごい、本当に詳細が出る……」


​一馬は、その石を愛おしそうに眺めた。

女性英雄たちが戦うような華々しい力ではない。攻撃魔法も、超人的な身体能力もない。

だが、この静かな洞窟の奥には、彼がずっと夢見ていた「未知」がどこまでも続いている。


​その時、洞窟の先から「ギチギチ」という不気味な咀嚼音が聞こえてきた。

一馬の身体が硬直する。


ナビゲートが赤く点滅した。

​【警告:スカベンジャー・ラットが接近中】

予測:正面突破の勝率は0.02%です。

提案:周囲の地形を利用した「罠」の設置、および【作業台】による環境干渉を推奨します。


​一馬は震える手で十徳ナイフを握り直した。

レベルアップの速度は、恐らく亀の歩みよりも遅いだろう。


世界をひっくり返すような野心なんてない。

ただ、自分を「不要なもの」と定義したあの世界に戻る前に、この暗闇の先にある景色を、この目でもう少しだけ見てみたい。


​「……やってやる。俺にしかできないやり方で」


​24歳のニート、佐藤一馬。

彼は今、人類史上初めて「男が支配するダンジョン」の最初の一歩を踏み出した。

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