マイルームダンジョン

暇ジーン

第1話

東京都郊外、築40年の木造アパート。


六畳一間の湿った空気の中で、佐藤一馬(さとう かずま)は自身の「価値」を証明する唯一の書類を眺めていた。


​『男性保護受給資格証』


​そこに記された24歳という年齢は、世間では「社会の歯車」として機能し始める時期を指すが、この世界の男にとっては「国家の温情による飼育」が始まる合図に過ぎない。


先月、一馬は二十数社目の不採用通知を受け取った。面接官の女性たちの、憐れみと軽蔑が混ざったような視線が今も脳裏に焼き付いている。


​「……結局、これか」


​一馬は、指先に付着した遺伝子採取の際の注射痕をなぞった。


この国では、男性は成人すると遺伝子情報を国家へ提供する。引き換えに支給されるのは、一ヶ月をギリギリ生き延びるための、文字通り「最低限」の生命維持費だ。


女性はダンジョンから得られる魔石のエネルギーと、スキルによる強靭な肉体で文明を謳歌する。一方で、力も魔力も持たない男は、種を保存するための「守られるべき弱者」として、社会の隅に追いやられていた。


​窓の外では、ダンジョン省の制服を着た女性職員たちが、颯爽とパトロール用の車両に乗り込んでいくのが見える。彼女たちの腰には、魔導具やスキルを補助する装備が輝いている。


幼い頃から、一馬はあの「向こう側」の世界に憧れていた。


テレビのニュースで流れる、ダンジョン内の幻想的な景色。見たこともない植物や、光り輝く魔石。


だが、どれほど渇望しても、男性はダンジョンの入り口を覆う「聖域(サンクチュアリ)」の結界を抜けることはできない。それは残酷な生物学的断絶だった。


​「お腹、空いたな……」


​思考を止めるため、一馬は立ち上がった。

夕食の準備をしようと、部屋の隅にある古い押し入れを開ける。そこには、唯一の趣味である「ガラクタ修理」のための道具と、わずかな備蓄品が収まっているはずだった。

​だが。


​「……え?」


​押し入れの襖を開けた瞬間、一馬は言葉を失った。

そこにあるはずの、古びたベニヤ板の壁がない。

代わりに広がっていたのは、**「濃密な蒼い闇」**だった。


​冷気とも熱気ともつかぬ、肌を刺すような不思議な風が吹き抜けてくる。

闇の奥からは、微かに結晶が触れ合うようなキィンという高い音が響いていた。


​「これ……嘘だろ、だってここは二階だぞ?」


​現実的に考えれば、押し入れの壁の向こうは隣の部屋か、外の廊下のはずだ。

しかし、そこには底知れない深淵が口を開けている。


一馬は震える手を伸ばした。

もしこれが「ダンジョン」なら、男である自分が近づけば、強力な斥力によって弾き飛ばされるはず。


​しかし、指先は抵抗なく闇に溶け込んだ。

まるで、ずっとそこにあった「自分の居場所」に帰るかのように。


​「入れる……のか? 男の、俺が?」


​心臓が早鐘を打つ。

恐怖よりも、24年間抑えつけられてきた「知りたい」という渇望が勝った。


一馬は、枕元にあった古い懐中電灯と、護身用にもならない錆びた十徳ナイフを掴むと、吸い込まれるように押し入れの中へと足を踏み入れた。


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