第2話 珈琲はジャコウネコの香り

にじ


パテで、こってりと盛られた絵の具をまぜるのが好き


一期一会の野良猫に、

テキトーな名前を付けるのが好き


Johnny Rottenが鼻を啜る時の、尖った口を真似るのが好き


新しい珈琲豆の袋を、あけたりしめたりするの

が好き


     珈琲はジャコウネコの春の月



瑞知みづち。珈琲、飲む?」

「ああ、うん」


虹はからからと窓を閉めた。


あたりはすっかり暗くなって、息の白さが目立つ。


美術部員たちの未完成のキャンパスは、狭い部屋に所狭しと直立している。


それぞれ、

下手くそ過ぎて不気味


触れてみると、まだ完全には乾いていなかった。


指先にカドミウムレッドの色


「瑞知、おまえ何やってんの?」


不器用ぶきように珈琲の袋をあけると、まず鼻を近づけてゆっくり匂いをぐ。


それから

ふううん、と満足そうに息を吐いて、

こっちを見た。


「何って、答えを待ってんだよ」

「答え?」


「さっきの質問の答えだよ!ボケてんのかよ、じじい」


虹は「ひでえ」と言って笑った。

そして、

「あのさ、この珈琲さ、猫のうんこで出来てんだぜ。100パーセントうんこ。うまそうだろ」

「うまそうかよ」

つい笑ってしまった。


虹はおとなぶって、ボクをからかったりかわしたりするのがうまい。


目の前に、紙コップに入った珈琲が置かれた。


猫のうんこで出来た珈琲は、ちゃんとボクの知っている珈琲の匂いがする。


おそるおそる口をつけた。

「どう?」


虹はパーソナルエリアをひょいと乗り越えて、ぐいっと顔を近づけた。

「近けえわ!」


動揺しているのがばれないよう、平静を装う


「うまい?」

「ま、まあ、ふつう」

「だめだな、お子ちゃまは! めちゃ高価なんだぜえ、しっかりしてくれよ、瑞知ちゃん」

「知るかよ」


結局、虹はのらりくらりと話を戻そうとはしなかった。


虹、あの日


きみは

なぜ向こう側へ行きたいと思ったの?


春の月カドミウムレッドに満たされて


指を染めたカドミウムレッドは

乾燥して

パラパラとがれた


「喰うなよ」

「喰うかよ」


虹は、

ボクに呼び捨てにされるのが好き

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