第5章 生徒会という名の再開
春は、何事もなかったかのようにやって来た。
三年生になった後者は、どこか落ち着いて見えた。親友性のざわめきも、二年生の浮ついた空気も、広斗にとっては背景の音にすぎない。自分はもう、残り一年しかここにいない。その事実だけが、静かに胸の奥に沈んでいた。
始業式の後、担任が配布したプリントの束の中に一枚だけ目を引く紙があった。
「生徒会役員選挙について」
その文字を見た瞬間、理由もなく心臓は跳ねた。
♦
昼休み。教室のざわめきの中で、広斗はそのプリントをもう一度読み返していた。
立候補帰還、推薦条件、演説日程。どれも、これまでなら興味を持たなかったはずの内容だ。
「長野、生徒会でるの?」
隣の席の男子が、軽い調子で聞いてくる。
「いや、出ない」
即答だった。
自分が人前に立つ姿は想像できない。面倒事も増える。
ー-それでいい。
そうおもったはずなのに、胸の奥のざわつきは消えなかった。
視線をあげると、廊下の向こうに長浜美結の姿があった。
三年になっても、彼女は相変わらず人に囲まれている。侵入寧に声をかけ、二年生に相談され、自然と輪の中心にいる。
♦
放課後。校内放送で、生徒会選挙の告知が流れた。
『立候補お呼び推薦を希望する生徒は所定の用紙をー-」
その声を聴きながら、広斗は昇降口で靴を履き替えていた。
「長野くん」
呼び止められて振り返る。
そこにいたのは美結だった。
久しぶりに、はっきりと名前を呼ばれた気がする。
「なに?」
短く返すと、美結は少し間をおいてから口を開いた。
「生徒会、どうする?」
「どうもしないけど」
正直な答えだった。
美結はい瞬だけ視線を伏せ、それから小さく笑う。
「そっか」
それだけ。
以前なら、なにか続いたはずの会話がそこで終わった。
広斗は気づかない、その「そっか」に、どれだけの覚悟が込められていたのかを。
♦
数日後、行内の掲示板に選挙ポスターが張り出されていた。
名前を見た瞬間、広斗は足を止めた。
「長浜美結」
しゃしんのなかの彼女はまっすぐ前を見ている。
ー-やっぱり。
なっとくと同時に胸の奥に小さな痛みが走った。
なぜ痛むのかは、分からない。
♦
演説当日。体育館に集められた全校生徒の前で、美結は堂々と話していた。
「私は、生徒会を’話しやすい”場所”にしたいと思っています。」
その声は、広斗の耳にもはっきり届いた。 視線が、一瞬だけこちらに向く。
気のせいかもしれない。
だが、その一瞬で、広斗は目をそらした。
♦
結果は圧勝だった。
放課後、生徒会室の前に集まった新役員たちの中に、広斗の姿はあった。
ー-推薦。
理由は分からない。断ることもできたはずなのに、なぜか引き受けてしまった。
扉を開ける。
「失礼します」
室内で、真っ先にこちらを見たのは美結だった。
その表情が一瞬だけ揺れる。
そして、いつもの落ち着いた笑顔。
「よろしくね、長野くん」
再開は静かに始まった。
生徒会室で過ごす時間が増えるにつれて、広斗の中での美結の存在は、確実に重さを増していった。
放課後、教室を出て生徒会室へ向かう廊下。夕方の光が窓から斜めに差し込み、床に長い影を落とす。その陰の中を歩きながら、人とは字運でも不思議に思っていた。
ー-どうして、あんなに気になるんだろう。
特別なことをされたわけじゃない。ただ、同じ空間にいて、同じ仕事をして、時々言葉を交わすだけ。それなのに、美結が視界に入らない時間のほうが、落ち着かなくなっている。
生徒会室の扉を開けるとすでに密が机に向かっていた。資料を広げペンを走らせている横顔。その真剣な表情に、広斗は一瞬だけ足を止めてしまう。
「...おはよう」
「もう夕方だよ委員長」
顔を上げずに帰って来たその声が、やけに近く感じられた。
最近、美結は「委員長」と呼ぶことが増えた。名前で呼ばれるよりも距離があるはずなのに、不思議とその呼び方が胸に残る。
書類整理、行事の確認、予算の見直し、淡々とした作業の合間に、短い会話が挟まる。
「次の文化祭、展示系より体験型がいいとおもうんだけど」
「...人で、足りるかな」
「広斗くんがちゃんとまとめれば大丈夫」
サラッと言われたその一言に、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「信頼しているから」
美結はそう付け足して、再び資料に目を落とした、
ー-信頼。
その言葉が広斗の中で何度の
家に帰ってからも、頭の中に浮かぶのは生徒会室の風景ばかりだった。ゲームを起動しても、画面の中のキャラクターに集中できない。
ふと、ゲーム内に流れたセリフが耳に残った。
『現実から逃げてるだけじゃ、何も変わらないよ』
コントローラーを握る手が止まる。
「....うるさいな」
独り言のはずなのに、なぜか美結の声に似ている気がして、広斗は電源を落とした。
数日後、生徒会での作業帰り、美結が突然言った。
「ねえ、今週末空いてる?」
「え?」
「夏祭り。駅前でやるでしょ」
あまりにも自然な誘いに、広斗は一瞬言葉を失った。
「別に、用事があるならいいんだけど」
「....ない、けど」
「じゃあ決まり」
そういって笑った美結の顔を見て、広斗は理由もなく胸が高鳴るのを感じた。
夏祭り当日。人混みのなかで並んで歩く二人。堤灯に光が降れ、どこか懐かしいにおいが漂う。
「こういうの、久しぶり?」
「まあ...ゲームのイベントなら毎年だけど」
「それと一緒にしないでよ」
あきれたように笑う美結。その横顔を見つめながら広斗は思った。
ー-楽しい。
ただそれだけの事実が、胸の奥で静かに広がっていく。
金魚すくい、射的、屋台の焼きそば。ありふれた夏の一夜。それなのに、記憶に強く刻まれていく。
帰り道、美結がぽつりと言った。
「...昔も、こういうの一緒に来た気がするんだよね」
「昔?」
「ううん、気のせいかも」
その言葉が、なぜか引っかかった。
幼いころの記憶。ぼんやりとした風景。誰かの笑顔。何かを約束したような気がするのに、肝心な部分が思い出せない。
それでも、美結と一緒にいると、その欠けた記憶の輪郭が、少しずつ浮かび上がってくるきがした。
生徒会室で二人きりになることも増えた。夕暮れの静かな空間で、ふと視線が合う。
「....なに?」
「いや」
言葉にできない感情を、広斗は飲み込む。
ー-気づき始めている。
それだけは、はっきりとわかっていた。
この感情が何なのか。誰に向けているのか。
まだ名前はつけれない。でも、確実に彼の世界は、少しずつ変わり始めていた。
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