第4章 遠ざかる温度
冬が近づくにつれて、校舎の空気は乾いていった。
吐く息が白くなるほどではないが、朝の廊下は指先が冷える。長野広斗は、コートを着るほどでもない寒さの中で、いつも通りの歩幅で校内を進んでいた。
高校二年の後半。時間は確実に流れているはずなのに、広斗の中では、何かが停滞しているような感覚があった。
♦
期末試験が近づくと、学校全体が落ち着かなくなる。昼休みの教室では、問題集を開く音と、ため息がまじりあう。広斗は自分の席で、淡々とノートを整理していた。
成績は安定している。努力が結果に結びつくことは、広斗にとって当たり前だった。だからこそ、そこに達成感はない。
「長野くん、ここわかる?」
声をかけてきたのは、クラスメイトの女子だった。広斗は短く説明を返し、また、のーとに目を落とす。
そのやり取りを、教室の入り口から見ていた視線があった。
長浜美結。
彼女は、声をかけることなく立ち去った。
♦
最近、美結は以前ほど広斗に近づいてこなくなっていた。挨拶はする。会えば笑う。だがそれ以上はない。
以前は、何かいいかけてはやめるような、あいまいな間があった。それすら、今はなくなっている。
広斗は、その変化に気づいていない、。
変わったのは美結の態度だけではなかった。
放課後の廊下で、すれ違うざまに聞こえてきた会話。
「生徒会、三年が引退したら選挙あるよね」「長浜さん、出るらしいよ」
その名前に、広斗の足が一瞬だけ止まった。
ー-生徒会。
その言葉はなぜか胸の奥をざわつかせる。
♦
冬の行事といえば、球技大会だった。クラス対抗で行われるバスケットボール。運動が得意でない広斗は応援に回るつもりでいた。
だが、当日になって急遽、人手不足で出場することになる。
「広斗、頼む!」
コートに立つと、視界の端三美結の姿があった。
別クラスの応援席で、彼女はこちらを見ている。
目が合った。
一瞬だけ。
美結は小さく手を振った。
胸の奥が、和砂に熱を持った。
その感覚に、広斗は戸惑った。
♦
試合は惨敗だった。運動神経の差はどうしようもなく、広斗はほとんど活躍できなかった。
それでも、美結が近づいてくる。
「お疲れ様」
「...ああ」
それだけの会話。
沈黙が二人の間に落ちる。
「....頑張ってたよ」
ぽつりと美結は言った。
「そう?」
「うん。前より」
その言葉の意味を、広斗は深く考えなかった。
♦
球技大会の後、学校は一気に年末へ向かっていく。
クリスマスが近づき、行内には浮ついた空気が流れる。
誰かが誰かを誘い、断れレ、成功し、失敗する。
広斗は、そのすべてを外側から眺めていた。
美結も誰かに誘われているのを見かけた。男子生徒に囲まれ、笑っている美結姿。
なぜか、その光景が気になった。
理由はわからない。
♦
冬休み最後の登校日。
帰り際、校門で美結に呼び止められた。
「長野くん」
久しぶりに、二人きりになる。
「なに?」
美結は一度だけ深呼吸した。
「....来年、生徒会にでる」
「そうなんだ」
広斗の反応は、それだけだった。
美結の表情が、少し曇る。
「もし受かったら...一緒に、仕事することになるかもね」
「そうだな」
それ以上、言葉は続かなかった。
美結は微笑って、手を振る。
「じゃあよいお年を」
その背中を見送りながら、広斗は胸の奥に残る違和感を、まだ名前にできずにいた。
♦
その夜、広斗はまた夢をみた。
小さな体育館裏。夕焼け。
『忘れないで』
誰かが泣きそうな声で言う。
目を覚ました時、胸が締め付けられるように痛んだ。
ー-何かを失いかけている。
そう思った。
だが、何を失うのかは、まだわからない。
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